遠藤和良が詠んだ俳句のバックナンバー(2010年)です。

今年の俳句はこちらから  2009年の俳句はこちらから 2008年の俳句はこちらから
 2007年の俳句はこちらから  2002年〜2006年の俳句はこちらから

二〇一〇年十二月
湯豆腐を肴にワインなるも乙
湯豆腐を肴にワイン飲む親子
湯豆腐や親子でワイン飲み干して
日記買ふ三年日記てふを買ふ

遊覧船往き来す湖の浮寝鳥

冬の鳶箱根駅伝ターンの地

富士雪嶺三国峠の風強し

冬富士の裾引てゐる箱根まで

クレムリン地下の武器庫の冬帽子

此やこのエカテリーナの冬帽子

冬帽のためのクロークあるロシア

冬帽子好きはロシアに行きてより

冬帽子いづれ目深にしてロシア
クレムリン広場埋めたる冬帽子
冬帽子ロシアに旅し日の遠く
旅先で買ひし冬帽今もなほ
冬帽子ご婦人向けの多くして
冬帽子いづれ相似て神士物
この時期のこの宿が好き牡蠣づくし
牡蠣づくしいただくための遠路かな
伊勢志摩の的矢湾なる牡蠣の宿
雪の富士よく見ゆる日や納骨す
正面に白雪の富士納骨す
冬晴れて富士の見ゆる日納骨す
見透かせる空の青さよ銀杏散る
銀杏散る那須与一の宮に散る
大銀杏散りて野の宮鎮まれる
大銀杏散るとめどなく止めどなく
野の宮の銀杏落葉の明るさよ
生きるとは捨つる勇気も銀杏散る

生きるとは削ぐこと大事銀杏散る

クリスマスイブの予約は二人より

クリスマスイブのワインに誘はるる

クリスマスイブのワインは手持ちなる

仕立屋のづかと取り出しミンク見せ

五十尾のミンクで仕立てたるコート

注文のミンクのコートアテネより

仕立てたるミンクのコート出番何時

デパートの外商毛皮抱え来る

買ふ気なき毛皮なれども試着して

試着して毛皮談義の始まりぬ

毛皮着て女優になってゐる気分

赤道のシンガポールで毛皮売る

河豚捌くオーナーシェフの白襷

歯応えの厚きてっさでありにけり

日本にゐる嬉しさの河豚料理

河豚料理畳に椅子の老舗かな

毒除去のシェフの腕前河豚料理

河豚何処も彼処も珍味珍味かな

有田焼なる大皿に盛るてっさ

かくも細きてっさの葱でありにけり

河豚に死す人を語りつ河豚を食ぶ

河豚の肝洗へばよしと人の言ふ

鰭酒のまろさ胃の腑に落つるまで

鰭酒に点す炎の青さかな

注ぎ足す鰭酒になほ炎かな

色艶や河豚の白子の焼き加減

雑炊の出て河豚づくし終りけり

坊さんも買ひゐてクリスマスケーキ

年毎に痩せて来りし鴨の川

痩せきたる川に数へる鴨の数

川痩せて追ひ詰められてをりし鴨

川痩せて来し世は辛し鴨も吾も

鴨もまた日当たり選びゐる日和

陣の鴨三々五々に散りぢりに

浮寝鴨岸に上れば忙しく

二〇一〇年十一月
大銀杏椋鳥千羽吸い込めり
椋鳥の鎮守の杜にある塒
金柑の熟れて椋鳥罷り越し
知られざる虚子の実像読む夜長

白村の「虚子と政治家」読む夜長

遠き日の父と虚子書く人の秋

秋深し大久保白村虚子語る

橙青を虚子を語れる人の秋

モラエスの生家への道帰り花

リスボンの街は坂道落葉道

ジャカランタ帰り咲きゐる国に来て

冬晴や航海王子その視線

中世の城壁の町枇杷の花
冬温しブーゲンビレア咲ける古都
荒れてをり十一月の大西洋
冬晴の大西洋を鳥瞰す
旅はるか大西洋の浪の花
旅はるか大西洋の冬入日
晴天の怒涛大西洋の冬
冬晴の大西洋に出合ひたる
客のなき冬の海岸見はるかし
冬の海晴朗にして波高し
天辺を残してポプラ紅葉散る
ジャカランタ実をつけ秋の古都静か
時雨をり舟でワインを運ぶ古都
ポートワイン生みし古都なり小夜時雨
エンリケの生まれたる古都銀杏散る
晴れてゐて時雨るる古都の旅にあり
古都てふは人住む廃墟布団干す
時雨止み火縄銃鳴り宴始む

里帰りせし火縄銃狂ひ花

火縄銃撃てる古武士の息白し

ポルトなる甘きワインの古都小春

古都小春試飲のワイン皆甘く

冬晴や小さき電車の走る古都

極月の古都に電飾あふれをり

冬温し大学都市のファドなりし

枯葉舞ふ街にファドなる恋の唄

冬の日の日の出二度見る飛機の旅

しなのよいをみなをのこの阿波踊

雨止めばまた大綿の空となる

何処より来て何処へと大綿は

二〇一〇年九月
菅平高原育ち玉蜀黍
高原の玉蜀黍や友より来
高原の玉蜀黍の甘さかな
高原の玉蜀黍やお裾分け

咲き継ぎてなほ盛りなり百日紅

残暑なほ統計開始以来とか

九月なほ死ぬほど猛暑なる日本

都心にも昼鳴く虫の静寂かな

水打てる番頭さんに迎へられ

飛び石に水打ってある老舗かな

萩の咲く道の老舗の暖簾かな

お二階の座敷の生花吾亦紅

雲海に影絵のやうな富士浮かぶ
廃帝の御陵の門に赤蜻蛉
禁門の御陵の森に蜻蛉群れ
国生みのおのころ島の稲を刈る
星月夜とはこんなにも明るくて
神々の世もかくあらん星月夜
星月夜神話の島の午前二時
星月夜とはこんなにも饒舌な
星月夜黒き稜線走りゐて
満天の星の神話の島にゐる
手の届きさうなる星の満天に
星月夜黒々とあり神の島
夜もすがら虫の時雨の続く島
今朝の花今宵まだ咲き黄蜀葵
色褪せぬままに日を終へ紅蜀葵
をばさんの駄菓子屋が好き夜学の子
無人駅また無人駅葛蔓
蟷螂の貌二等辺三角形

蟷螂の鎌振り上げて退陣す

大風の残してゆきし子蟷螂

振り下ろし振り上げし鎌子蟷螂

沈黙の闇に篝火鵜舟来る

鵜篝の火の粉激しく川面染め

空腹の荒鵜といふは凄まじき

終へてなほ荒鵜に残りたる殺気

並び来る五艘の鵜舟「総がらみ」

鵜篝の五つ燃えゐて川面染む

長良川鵜飼の取りの「総がらみ」

淡路島そこにかしこに竹の春

このころのほの明るさの竹の春

こんもりとあり竹薮の竹の春

月今宵「観月茶屋」を借り上げて

山腹の篝を囲み月の宴

月今宵秋刀魚の鮨の峰の茶屋

月今宵鹿のステーキ峠茶屋

名月や蕨の餅の峠茶屋

虹の出て雲も収まり今日の月

名月の空ひろびろと峰の茶屋

輪唱の声澄み渡り今日の月

友と友肩組み歌ひ今日の月

名月や何故か幼き日の話

十五夜の月を肴に酌交す

杉林あり黒々と今日の月

積読の大河小説読む夜長

推敲の堂々巡り夜長の句

長き夜の電話四方山話かな

崖崩れをりし今年も藤袴

小さくともよくよく見れば藤袴

くねくねと茎の確かに藤袴

遍路道これより難所初紅葉

純白の曼珠沙華咲く庫裏の隅

秋遍路バイクのをみな革ジャンで

大方はスニーカーなる秋遍路

外つ国に見渡しあらぬ葡萄棚

天へ地へ甲州盆地の葡萄棚

天へ地へ延びて盆地の葡萄棚

盆地産葡萄今年もかく甘き

二〇一〇年八月
谷沿ひの径選び行く夏の山
山小屋の夜明けを急かし夏の山
途中下車して夏山を歩く旅
夏山家出窓に花の咲くスイス

念入りに仕上げの水の打たれをり

水打って今宵の客を待つ老舗

湯の宿の亭主のせつに水打てる

水打ってゐるは亭主であるらしき

もてなしの水打つことも馳走かな

水底の影も揺れゐてあめんぼう

小魚も水底にゐる暑さかな

水温を測る母と子草清水

お遍路の濯ぎものして草清水
どこからも涼風の来る水辺かな
止めどなく水輪の浮かぶ草清水
一呼吸入るることなく蝉時雨
逗留の太宰の茶屋の月見草
月見草夕べの富士を見る峠
月見草富士のはるかに見える丘
免税の香水並ぶエアポート
香水の名は知らねどもパリ土産
海外旅行まづ香水を妻に買ひ
香水の免税二オンスにて限度
蝉無惨汝も熱中症なるか
まだ動く落蝉蟻に引かれゆく
鳴き疲れたゐるらし蝉の鳴いてゐず
鳴き止みし蝉ばかりゐる無気味さよ
燃え尽きし蝉の骸の軽さかな
軍神の遺影古文書館の夏
噴水の上る二拍子三拍子

街角に始まってゐる阿波踊

そのかみの藍場の浜の阿波踊

藍蔵の並びしは過去阿波踊

川風に潮の匂ひや阿波踊

千万の遊子を寄せて阿波踊

膝が地を擦って男の阿波踊

ゆっくりと踊る阿呆を先頭に

投網打つ形男の阿波踊

指先の先まで揃ひ阿波踊

しなのよいをみなをのこの阿波踊

小粋とは凛と立てたる踊笠

流灯の街川染めて行きにけり

流灯の散らばりてまた固まりて

振り返るやうに流灯行きにけり

流灯のあとの淋しさただよへり

山頂で稲妻の過ぎ行くを待つ

稲妻や臍を隠せと言ふ昔

かなかなや夕暮れ早き高尾山

かなかなの山を下れば町暮色

かなかなの山東京の見える山

灯籠に拙句とどめる縁かな

お地蔵に灯籠一つづつ配る

寺の子の三人と言ふ地蔵盆

読経済み虫の時雨のいよいよに

野牡丹の紫紺の咲ける庫裏静か

藤袴咲かせ曹洞宗の僧

ともかくも一雨欲しき残暑かな

背広着て正してをれぬ残暑かな

天気予報けふも晴天残暑なほ

風止めばさも蒸し風呂にゐる思ひ

とにかくに水かぶりたき残暑かな

飛行機の窓にも日除け秋暑し

遺跡とは蔭なき広場秋暑し

牽牛と織女語り歩す夫婦

二〇一〇年七月
日を得ては色増しにけり鉄線花
白てふは穢れ無き色沙羅の花
雨の露滴るほたる袋かな
紫陽花の色を仕上げてゆきし雨

いつの世も雨に咲く花濃紫陽花

そのなかに白い紫陽花ありにけり

はるかより泰山木の白い花

手の届く位置に泰山木の花

掃かれゐて泰山木の落花かな

庭園の木下暗がり半夏生

艶のある色でありけり青花梨

ゆで卵剥けばこの艶花梨の実

まだ歪始まってゐぬ青花梨
この雨の中にも散りし花菖蒲
殿の花菖蒲なり真白なり
掛川の城の天守の風涼し
一豊の掛川城の涼しかり
掛川城土佐城共に風涼し
二十ある部屋開け放つ夏館
武具に風通す御殿の夏座敷
開け放つ二の丸御殿風涼し
一豊の住まゐし天守風涼し
まづ桔梗眺めて茶席始まりぬ
掛川の城見て帰りの百合の花
梅雨霧らふ木曽三川の水の嵩
梅雨霧や夕暮れ早き関が原
孤愁とはサウダーデとはモラエス忌
孤愁とは孤独にあらずモラエス忌
老ゆるとは凄まじきものモラエス忌
生まるるも死ぬるも独りモラエス忌

一人生まれ一人死ぬるもモラエス忌

人は皆独り逝くものモラエス忌

踊笛阿波に響きてモラエス忌

山門に入るを待ちゐて道をしへ

道をしへぷいと横向きそれっきり

道をしへいきなり跳ねてそれっきり

道をしへ心変わりの早すぎる

道をしへ心変わりの早さかな

道をしへ心変わりのその早さ

庭づくりまづ箱庭の庭つくり

箱庭に諸行無常のなかりけり

箱庭に仕上げの人をつまみ置く

箱庭に時の止まってをりにけり

店毎の朝顔市の法被かな

午後の市どの朝顔も疲れをり

皆同じ朝顔市の値札かな

江戸っ子の朝顔市でありにけり

オーシャンブルー朝顔市を占領す

四片咲く谷埋め尽くし埋め尽くし

濃紫陽花わがもの顔の丘に立つ

涼風に風車十五基廻る丘

高原の風の涼しき句会場

晴れ間あり一日なれどほととぎす

窓開けて風を入れればほととぎす

雨霧の下界にひびきほととぎす

富士見ゆる茶屋の窓辺の月見草

月見草太宰暮らせし天下茶屋

ハンモック南の島へ行く気分

玉虫の玉虫色は美しい

暇あり海水浴の巡視船

暇あり巡査が二人夏の浜

水着の子総出に宝探しかな

潮浴びの子を追う親の視線かな

だだ眺めゐるも海水浴であり

大方は浜の人なる水着かな

梅雨明けて紀伊の山まで見ゆる海

二〇一〇年六月
躑躅山裏の裏まで躑躅かな
躑躅山人来ぬところにも躑躅
奥の奥なほその奥の躑躅山
群生の躑躅一千二百本

躑躅群れ天然記念の碑と同座

咲き満てる躑躅の樹齢三百年

躑躅散り散りて躑躅のその上に

散り急ぐ躑躅遅れて咲く躑躅

森林浴したり躑躅も厭かず見て

閑古鳥人恋しげに鳴くと云ふ

閑古鳥夏鶯と鳴きゐたり

通学のペダルの軽し更衣

銀輪の子のまぶしさよ更衣
若さとはほとばしるもの更衣
二の腕のまぶしかりけり更衣
佇みて二人静でありにけり
咲き初むはいつもこの株花菖蒲
抽んでし花菖蒲より咲き始む
真青なる空に泰山木の花
山帽子一本あれば景となる
日の陰り花も陰りて山帽子
そのかみの松の廊址の青楓
波消えて浜茄子のまだ揺れてをり
花茨昔むかしの香りかな
卯の花の俯き癖のつきて午後
御殿山ねぐらに親子つばくらめ
鈴蘭や北海道の空の色
鈴蘭の鈴の音色を聞きたしや
鈴蘭の鈴に音色のなかりけり
出水跡倒れ標識あるばかり

葭原の河口一キロ行々子

吉野川葭原広し行々子

視界みな葭の原なり行々子

この甕に目高の世界ありにけり

甕替へて目高の流転流転かな

水中でホバリングをもして目高

楊梅は阿波の県木わが家にも

実のならぬ楊梅ばかり街路樹は

楊梅のご馳走なりし日の遠く

街灯に来るかぶと虫待ちし夜

火取虫今宵の命燃え尽くす

嫁の持ち来たる紫陽花庭に咲く

紫陽花の寺紫陽花の山を背に

紫陽花の寺紫陽花に埋もれをり

掌すり抜けて行く蛍かな

着る服の同系色の夏帽子

夏帽子二つ並びて行きにけり

金輪際肌身離さず夏帽子

大方は女物にて夏帽子

同じものなきご婦人の夏帽子

弘法の遊学の寺風薫る

山深き寺の紫陽花丈高し

切支丹灯籠にまで蜘蛛の網

登り窯際の際まで蟻地獄

皮脱ぎつ竹の子伸びる速さかな

山寺に大樹が二本ほととぎす

山門に入れば忽ちほととぎす

山寺を辞さんとすればほととぎす

ほととぎす浴びるほど聞き山下る

梅雨晴のまぶしき街となりにけり

東京に緑まぶしき梅雨晴間

モラエスよサウダーデよとほととぎす

孤愁とは流浪にあらずモラエス忌

望郷の像の視線よモラエス忌

ほととぎす夢博士なる師の句碑に

つくづくと水木の花の眉山かな

梅雨霧らふ眉山は緑深き山

夏燕眉山山頂平らなり

父の日のお好み焼きのディナーかな

父の日をお好み焼きで祝杯す

二〇一〇年五月
新しき空港真白けふ立夏
東京に里山のあり山躑躅
芝居見て火照りし頬に若葉風
桝席の人と花冷分かちゐる

麗らかやここはお江戸の金丸座

風薫る丘の上なる金丸座

芝居終へ金比羅さまは夏に入る

行く春や金比羅歌舞伎あすは跳ね

ぼうたんや阿波の宰相眠る寺

汚れなき色でありけり白牡丹

妖艶は黒い牡丹に極まれり

七半のバイク飛ばして来し遍路

遍路来て遍路発つ茶屋大手鞠
団参の遍路に埋まる草餅屋
烏の巣本門の両脇にして
芝桜風車の丘の大斜面
硬さうな殻脱ぎ捨てて桐の花
遠目にもあの紫は藤の花
新緑や地球は水の星なりき
遠回りして躑躅咲く道帰る
この辺り桐下駄の里桐の花
桐の花阿波から伊予へ続く尾根
風鈴や水子地蔵の寺小さき
花蜜柑仁王門まで香の届く
緑陰へ浸み渡りゆく寺の鐘
幻の子規の句帳や旅五月
石手寺は句碑多き寺風薫る
句碑の字は子規の直筆青楓
宿浴衣道後湯の町坂の町
湯籠提げ道後の町を青柳

万緑や地球は水の星である

天守より登城太鼓や風薫る

旅五月「なじみ集」なる子規に会ふ

城内の桜も梅も実をつけて

天守閣その一隅の杜若

文明に明治の余韻薔薇の花

洋館は明治の遺産薔薇の花

財閥の残せし庭の花薔薇

風見鶏ある異人館薔薇匂ふ

白き家多き町内薔薇の花

海見ゆる外人墓地の薔薇の花

スペインの旅空揚げの蛍烏賊

ビニールのテープの擬似餌烏賊を釣る

烏賊を釣るさびきと云ふは引っ掛けて

産卵の掬ひて蛍烏賊の網

風音の乾きて届く袋掛

知らぬ間に済ませてをりぬ袋掛

天守より下りて薄暑のご城下へ

外つ国の言葉飛び交ふ寺薄暑

中世の街の城門橡の花

城門の中に街あり橡の花

文豪の常宿なりし花は橡

飛魚を蝶捕るやうに網で獲る

一泊の人間ドック明易し

遠足の列の殿乳母車

薔薇咲いて次々に来る車椅子

薔薇園に老若男女来る日和

赤も黄もピンクも競い咲きて薔薇

二〇一〇年四月
太き幹節くれだちてゐる桜
墓守は一際高き山桜
真青なる空へ散りゆく桜かな
青空を渡りゆきたる落花かな

生命とは華やげるもの春の山

鶯や母とスキップ姉弟

つばくらや父より伝ふ耕運機

つばくらめ農を楽しむ日曜日

燕来て里山に活入りにけり

虚子の忌へ虚子の曾孫に迎へられ

参道の花屑どれも新しき

我もまた虚子の一門椿好き

釈迦生まれ虚子死す日なり落椿
墓地うらら久闊を叙す長話
その奥の源氏山より花吹雪
虚子の忌の花びらけふのものばかり
麗らかや虚子の墓参へ足軽く
省略のなき鶯の谷渡り
墓守のけふの鶯よく鳴きて
墓守は鶯ぞよく鳴きゐたる
鶯や虚子の一門揃ふ寺
墓地うらら虚子の一門話好き
袋小路多き鎌倉著我の花
寺苑けふ一飲みにする落花かな
花筏吹き寄せられてゐる静寂
大銀杏倒れし根株新芽萌ゆ
ひこばえや八幡宮の大銀杏
桜貝七里ヶ浜を往き来の子
春の雲ふはりふはりと浮かぶ昼
藩侯も愛でられしこの初桜

桜貝紅葉のやうな手の平に

梵鐘の余韻残して遍路発つ

黄山を模せし石庭草青む

復元の天平の庭草青む

逝きし人思ふてをれば桜散る

お札所の梵鐘一打桜散る

のどけしや梵鐘もまた夢の中

淋しさの一人静でありにけり

蓼科に一人静を咲かす茶屋

六甲に一人静と出会ふ旅

茶の席に牡丹一輪凛として

ひとひらの落花と入りぬ野点席

二〇一〇年三月
竹林の方よりの声初音らし
それらしきもののはっきり初音なる
竹林の風に乗り来る初音かな
省略の正調となり来し初音

仄かなる初音を聞ける嬉しさよ

また初音またまた初音また初音

また初音竹林の空晴れ渡る

千年の楠蘇り豆の花

職退きてよりの農なり豆の花

彼の人も晴耕雨読豆の花

豌豆の花咲いて旧屋敷畑

庭先の豌豆の花盛りなる

此れやこれ桃の節句の花見かな
蜂須賀候残せしといふ紅桜
雛の間に蜂須賀候の桜見る
花も葉も蜂須賀桜出て同時
菜の花をたどりてゆけば記念館
司馬邸へ菜の花咲かせ案内さる
町中に菜の花咲かせ菜の花忌
菜の花や司馬遼太郎もうゐない
菜の花に埋め尽くされてゐる書斎
菜の花や司馬遼太郎亡き書斎
司馬邸の奥の奥まで花菜かな
鴨の陣港神戸の波頭にも
膨らみて美しきさみどり牡丹の芽
日に尖り日に日に割れて牡丹の芽
紅白のぼうたんの芽の同じ色
ぼうたんのどの芽も同じ色形
牡丹の芽湿らせてゐる雨の糸
店頭に菱餅の跡形もなく

菱餅と縁なき齢重ねけり

不意打の鬼の霍乱春の風邪

先見えず居座ってゐる春の風邪

予定皆吹き飛ばしけり春の風邪

抜け切らぬ鬱陶しさよ春の風邪

春の風邪につき纏はれてゐる始末

宅地化を免れ畑耕せる

日曜は俄百姓耕せる

茎立てる菜は大束に朝の市

茎立つは残る命を燃やすこと

残したるもの悉く茎立てり

どの峰も撫で肩となり春の山

海岸は草木の多し雉走る

雉走る忍者の如く小走りに

二の門をくぐりて花の本堂へ

奥院の奥の奥まで桜かな

遍路には桜の花がよく似会ふ

花の寺極楽浄土なる言葉

中興の和尚の碑文花の寺

囀も読経も絶えず山の寺

花見上げ花見下ろして磴登る

二〇一〇年二月
節分の鬼になるたる日の遠く
立春の東京の空真青なる
立春の東京にして気温二度
立春の黒潮の海真っ平

真青なる空に風花舞ひにけり

春待たず逝かれし佳人偲ぶ句座

遍路来る韓国人にして二人

外つ国の女遍路の大きな荷

春隣佳人の訃報聞こうとは

囀りに独占されてゐる古刹

短パンにブーツなる子も遍路なる

鶴岡八幡宮の冬牡丹

見頃なる木札立てあり冬牡丹
小顔なる少女は美人冬牡丹
雪国の少女にも似て冬牡丹
蓑着せて傘差し掛けて冬牡丹
冬牡丹頭巾のやうな蓑つけて
寒牡丹小さけれども凛として
気風よきをみなにも似て寒牡丹
青春はほろ苦きもの蕗の薹
甘かりし地酒の肴蕗の薹
蕗の薹まづ料亭に罷り越し
蕗の薹せせらぎの音近くなる
列なして並ぶさ緑蕗の薹
春立ちて待たるるものに鰊蕎麦
青海苔の吉野川埋め尽くすひび
紅梅の遠目に煙る仄かさよ
枝天を差して紅梅一重なり
都会にも静寂ありけり浮寝鳥
弔電を二通送る日春寒し

観音の梅に目白の来る日和

浅草寺奥は静寂の梅の花

白梅や五重塔は朱色がち

のれそれのこの喉越しも春来る

梅便り雪の信濃の里からも

二〇一〇年一月
長き夜の日の出とともに漁船出る
朝の日に映える海面浮寝鳥
年毎に増える家族と初詣
家族持つ子らも揃ひてお正月

子ら帰り元の二人に早や三日

冬灯一つに一つある生活

水遣らぬやうに気をつけ室の蘭

水遣りは三月に一度室の蘭

玄関に置く大鉢や室の蘭

時折は外の日に当て室の蘭

室の蘭「冬のソナタ」と言ふ名なり

日当たりの良き家建てむ室の花

階段に手摺子よりのお年玉
羽織着た少女にも似て寒牡丹
江戸の世を屏風絵に見し餅の花
知る宿のけふは餅花飾られて
温泉の町の老舗大屋根大氷柱
どの宿も氷柱氷柱の草津かな
団子蒸す湯気棒立ちに軒氷柱
温泉の湯気にけむる草津の氷柱かな
乗初の飛機の白無垢富士指呼に
年賀状整理で終る初仕事
来ぬ人は如何に如何にと年賀状
鰤捌き三人の子にお裾分け
鰤大根母の味よと恋しさよ
数の子とごまめにて足る御節かな
雑煮餅歳の数てふ日の遠く
深々と雨滴置く瑠璃竜の玉
侘助のちぢこまりたる今朝の雨
山茶花のこはれるやうに散りにけり

紅白と咲き分く椿ありにけり

ひよどりの波を描ける飛行かな

高圧線垂るるが如くひよ飛べり

固まりて散らばりて咲き野水仙

どう見ても紐に見えねどかとの紐

黒胡麻のゼリーのやうなかとの紐

千万の生命の鼓動かとの紐

蝋梅の透けゆく空の青さかな

日当りへ傾ぎて咲けり蝋梅は

蝋梅の膨るる今朝の日差かな

遠のきてなほ蝋梅の香でありぬ

冬牡丹一輪二輪牡丹寺

厄落し頭巾のやうな菰被り

冬牡丹小振りなれども色も香も

鎌倉は八幡宮の寒牡丹

鎌倉は武家の都ぞ寒牡丹