遠藤和良が詠んだ俳句のバックナンバー(2009年)です。

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二〇〇九年十二月
湾の鴨距離を保ちて漂へり
浜名湖に半島幾つ冬紅葉
遠き日の友と鰭酒酌み交はす
河豚尽くし平らげてなほ続く宴

喜寿米寿いづれ健啖河豚尽くし

荷揚げ場の跡ある運河柳散る

酒蔵の海鼠壁にも蔦紅葉

掘割に柳と萩の黄葉かな

天領の陣屋跡なり石蕗の花

煉瓦塀覆ひ尽くして蔦紅葉

落葉掻く倉敷美観地区の朝

落葉掻く音のみ聞こえ朝の街

コスモスの畑に五重塔浮かぶ
五重塔置いてコスモス畑かな
木守り柿見上げ五重塔見上げ
こぼれたる山茶花円を描く庭
山茶花の塵箒目を立てし庭
時ならぬ菜の花咲いて里小春
国分寺跡に立ちゐて冬日差
水攻めの城の跡なり蓮枯るる
水鳥のどっと来てゐる今朝の川
水鳥の思ひ思ひの居場所かな
水鳥に陣あるやうでなきやうで
鰤船に振舞酒を持ちて乗る
跳ねてゐる鰤をその場で捌きくれ
これやこれ鰤の刺身の固さかな
目の前で捕れし寒鰤食べて今
寒鰤に大敷網の氷見をふと
大勢で食ぶる寄鍋旨きかな
寄鍋と云へば集る家族かな

デパートの特設売場飾売

スーパーの店頭ここも飾売

産直の市場の出口飾売

三姉妹揃ひの和服納句座

二〇〇九年十一月
冠雪の富士くっきりと秋晴るる
御前崎より伊良湖まで秋晴れて
房総も三浦も伊豆も指呼の秋
千両の赤を極めて雨上る

雨止みて燃え立つばかり実千両

俯ける実の一つなき実千両

武士の世を伝へし古刹実千両

庫裏の裏奥の奥まで実千両

綿虫の一つ飛び又一つ飛び

綿虫や阿波の名刹寺宝展

遊び田をコスモス咲いて埋め尽くす

セーターに着替へて飛機の客となる

ロンドンの五時は夜の部飾売
ロンドンの闇に電飾クリスマス
生花にも秋行く気配旅の宿
紅顔の兵守る古城銀杏散る
テムズ川にも白鳥の渡り来し
白鳥の群れて散り行く静寂かな
白鳥の川を横切り濠に入る
富士山の見ゆる空港冬日和
冬晴れの真面に富士エアポート
羽田より白雪の富士見えて飛機
小さき鯊一尾一品料理かな
未踏なる阿波に句碑あり芭蕉の忌
四国には足跡のなき芭蕉の忌
ロンドンへ旅支度して芭蕉の忌
黒き点鷹となり来し一会かな
真っ直ぐに鳴門の空を鷹渡る
落葉道行く衛兵の凛々しかり
夕映えの銀杏落葉を眩しめり
幸せは二人一緒の大根炊く
風通る場所を選びて大根干す
鎌倉は裏路地多し姫椿
鎌倉は辻多き町帰り花
鎌倉の老舗の蕎麦屋冬紅葉

短日の街電飾の街となり

極月のミナトヨコハマ煌きて

二〇〇九年十月
山の湯に入りて出を待つ今日の月
湯の山の稜線高し月未だ
お月見の宴果ててより現るる月
天近き番外札所秋桜

断崖にあり奥の院秋桜

灌頂の滝てふ滝の水澄めり

帰途のバス右に左に今日の月

老農の手塩にかけし今年米

五俵買ひ三俵預け今年米

新米を何はともあれ子に送る

新米や二人で一合炊く齢

産直の市の目玉の今年米

新米のおこげ又よし握り飯
銀舎利と呼びしあの頃今年米
生きていた落鮎ですと持ち呉るる
いただきて針の傷ある秋の鮎
落鮎の美しき身に針の傷
粒揃ひいずれ大振り秋の鮎
彼岸花次の札所へ続く道
朝霧の底に湯の町眠りをり
長老の話は長し秋扇
辻曲がるたびに木犀匂ふ町
その顔は麻生太郎かこのシイラ
小屋掛で浄瑠璃を見る阿波の秋
秋晴や一夜に建ちし芝居小屋
浄瑠璃の小屋掛幟城の秋
秋空へ野外芝居の幟立つ
長老の鯔背な法被秋祭
地車に乗る稚児担がれる稚児も
手拭ひは揃ひの黄色秋祭

地車のあとに背広の頭屋かな

家毎に菊咲かせ上三之町

家毎に飛騨の高山菊薫る

合掌の里の正装案山子かな

奥飛騨も案山子へのへのもへじかな

新米の鯵とぼうぜの姿鮨

先づ林檎並べ朝市始まりぬ

白山を指呼の高原秋の風

啄木鳥の叩きつ幹を回りつつ

啄木鳥の幹打つ一心不乱なる

啄木鳥の脇目も振らず叩きをり

啄木鳥こだまかくもリズムの乗って来し

啄木鳥こだま昔野鍛冶の音をふと

林檎箱並べ朝市林檎売る

朝市の林檎売らるる一つづつ

鹿垣の年毎里に下りてくる

猪垣と云ふは斯様に低きもの

痛みたる葉の一つなき菊花展

うら若き空海にして菊人形

ジーパンに法被のをとめ里祭

奥宮は注連一つのみ里祭

茎一つより懸崖の菊となる

お隣の寺の鐘聞き祭待つ

世話役の一人は句友里祭

一茎の菊に始まり万の菊

幹隠し大懸崖となりし菊

二〇〇九年九月
新聞を取りに出て知る今朝の秋
爽やかやネクタイ凛と締めて出る
邸宅の古びてをれど酔芙蓉
令夫人ゐさうな屋敷酔芙蓉

秋灯や街に静けさ戻りたる

秋の夜の澄み渡りつつ更けゆけり

艶やかなこの草にして破れ傘

風通る道の真ん中破れ傘

行く末のことは語らず破れ傘

渋滞の高速道路秋暑し

行きずりのバイクの修理秋暑し

稲刈りて空広々とありにけり

坪庭に大樹一本むく群るる
芝離宮松の樹下なる彼岸花
法要の知らせが二つ彼岸花
老松の根元に燃えて彼岸花
散らばりてまた群がりて彼岸花
小さきは風を逃れて彼岸花
そのあたり日差射しぬ彼岸花
五位鷺の池に影して彼岸花
爽やかや富士をはるかに望みゐて
柔らかに日差し返して竹の春
朝の日に鶏頭並び立つ藁屋
鶏頭の武骨に咲いてゐる農家
日の翳り鶏頭艶を増しにけり
松手入庭師の鋏頭上より
松手入庭師の鋏迷ひなし
時折は離れて眺め松手入
松手入終りし松に翳りなし
松手入途中煙草を吸ふ庭師
昼までに終えてしまひし松手入
渋滞の高速道路虫時雨
萩咲くや堀に影して海鼠壁
掘割の水に白萩触るるほど
蓑虫の風に吹かれてゐるばかり

蓑虫の蓑のこんなに丈夫とは

蓑虫の蓑より貌を出す日和

敬老の日にとれとれの鮎届く

台風の禍の一つなき稲田刈る

耐震の診断結果聞く厄日

鰯雲抜けて青空飛機の旅

鰯雲千切れて懸かる昼の月

竿を背に帰る堤防鰯雲

その果ては日本海なり大花野

ハワイより遍路来てゐる秋の寺

心経をローマ字で読む秋遍路

青い目も混じり団参秋の寺

枯蟷螂風に揺らぎてゐるばかり

枯蟷螂いきなり飛んで行きにけり

お遍路の足来る逃げろ枯蟷螂

本堂を出れば銀杏落つる音

二〇〇九年八月
夏祭喧嘩の始終古文書に
転びても転びても起き羽化の蝉
穴を出て闇にまぎれつ羽化の蝉
脚止まり蝉の殻脱ぐ枝決まる

やうやくに動きの止まり蝉生まる

熊蝉の専横に泣き油蝉

熊蝉の出しゃっばってゐる蝉時雨

日本は水の国なり青田風

少年の麦藁帽子畔を行く

鏡凪せる浜名湖の雲の峰

東海道青田青田とつづきけり

古里の昔を今に青田風

一本の競り出づること今年竹
竹林の膨らみてをり今年竹
蘇るヒロシマの街終戦日
平らなる明石海峡夏の朝
夕映えて夏の一と日の終はりけり
川舟に乗りて今宵の阿波踊
川風に乗りて笛の音阿波踊
町川を金色に染め阿波踊
合ひの手の入る桟敷の阿波踊
阿波踊して徳島は川の街
橋といふ橋の上まで阿波踊
椰子茂るここは南国阿波踊
うち揃ひをるもをらぬも阿波踊
屋形船よりもよしこの阿波踊
踊唄残してゆきぬ屋形船
スーパーに陣取ってゐる草の市
子ら帰り元の二人や盆の月
みちのくの闇の深さよ遠花火
二〇〇九年七月
二タ月も雨降らぬ国百日紅
一雨なき空の青さよ百日紅
サンフランシスコの夜涼見て歩く
坂の街ケーブルカーの灯の涼し

気の侭に椰子の葉陰の昼寝かな

合歓の花ワイン試飲の酔眼に

フルーツの売場売場の西瓜より

大学生瞳ブルーの芝青し

ゴールデンゲートブリッジ夏の霧

朝顔や飛騨高山の陣屋跡

朝顔の紺より明けて飛騨の町

睡蓮の浮葉浮葉の真っ平ら

衣脱ぎし蛇のそこらにをりさうな
とんぼうの度々止まる草の先
とんぼの尾叩く水面の静寂かな
幽かなる風に戻され糸蜻蛉
翳るほど色増しにけり未草
出で立ちは山下清雲の峰
月見草太宰ゆかりの天下茶屋
月見草すらりと立ちて富士低し
富士を見て太宰偲ばる月見草
太宰治逗留の茶屋月見草
三郎は四国の大河月見草
原生の森の源流滝となる
瀬の幾つ大滝幾つ奥入瀬
クーラーに氷どっさりキス二匹
二匹目のあとはさっぱりキスを待つ
砂浜に寄り添ってをりひからかさ
遠き海眺める二人ひからかさ
海岸は遊泳禁止水着ゐて
火を熾すことに始まるキャンプかな
亭主達コック勤めるキャンプかな
水質の検査人とや草清水
手を浸けてをりし母と子草清水
手を入れて手の切れる水草泉

道標新調されてゐし泉

梅雨晴の空に大きな観覧車

あめんぼう蹴飛ばしゆくもあめんぼう

翡翠の色を残してとび去れり

吟行へいつもの家の麦茶持ち

健康に良いと甘酒勧めらる

木曽川の水の弥富の金魚かな

大袈裟に仰け反り撃たれ水鉄砲

二〇〇九年六月
子らよりも親の歓声蛍飛ぶ
餓鬼大将をりしは昔蛍狩
谷の奥その又奥へ蛍狩
我が手より風のごと立ちゆく蛍

蛍の指の股よりこぼれけり

蛍火の瞼の裏に残りけり

蛍去り闇と静寂のあるばかり

ハプスブルグ家てふ庭の濃紫陽花

雨宿しきらめける瑠璃額の花

日向より日陰にありて額の花

遺跡なる高床潜りゆく燕

縄文の竪穴住居風薫る

合掌の棟木を這ひて大毛虫
その奥の奥に四阿ほととぎす
雨催ひ花栗の香のいよいよに
この山も古墳でありぬほととぎす
縄文も弥生も今日へほととぎす
舞ふ音は泰山木の落花かな
白い花咲く滑走路梅雨に入る
梅雨入りのダムの干上がる四国かな
紫陽花の蘇りたる今朝の雨
呼び水の雨とも思ひ梅雨に入る
デッサンの場も設けあり菖蒲園
菖蒲田をあふれ流るる水清し
あやめかきつばた見て又花菖蒲
佇みのいづれあやめかかきつばた
谷に沿ひ菖蒲の棚田曲がりをり
奥ほどに広くなりゆく菖蒲の田
我が家にも出入り自在の蚊食鳥
益鳥と人は言へども蚊食鳥
蝙蝠や黄金バット思ひ居て
草矢飛ぶ青空に弧を描きては
ほとばしる筧のほとり雪の下
目の前の枝に老鶯来て止まる
目の前の老鶯鳴けり尾を振りて
いたいけな鳥を老鶯とはいかに
老鶯の谷渡るまで見届けぬ
尾を振りて嘴反らしたる老鶯は
目の前の老鶯鳴けり鳴き継げり
この小鳥老鶯と呼ぶホ句の人
梅雨茸の極彩色でありにけり
枝という枝撓らせて水木咲く
かく咲きてかく散り深山えごの花
純白のままに散りけりえごの花
町内の恒例行事溝浚へ
新参の人も仲間に溝浚へ
一軒に一人の出役溝浚へ
生きたまま串刺にして鮎を焼く
青桐の青極めたる午後の雨
青桐の青を極めて雨上がる
まづ背越あるを確かめ席に着く
水嵩や今年の鮎のこの小振り
吾子もまた鮎雑炊が好きと云ふ

この時季のこの店が好き鮎料理

二〇〇九年五月
庫裏の裏その裏までも牡丹かな
日の差して色増しにけり白牡丹
庭広げ新種も植ゑて牡丹寺
日当りに集ってゐる苗代寒

奉納の柄杓新らし風薫る

草笛の小振りとなってゐし札所

煙草苗よく育ちゐる野に札所

中天の忽然として雲雀落つ

新樹晴華燭の典の始まりぬ

新緑の新郎新婦まぶしかり

城山に若葉萌ゆる日結婚す

巣作りに番燕の矢のごとし

今年また母の日となるこの句会
泥運び又泥運びつばくらめ
讃岐まで阿波の早乙女来しことも
此れはさてマロニエの花真っ赤なる
讃岐路のマロニエ赤き花つけて
マロニエの真っ赤な花の似会ふ街
官庁街日曜日なき親燕
泥運ぶ入れ替え絶えずつばくらめ
田を植ゑる瑞穂の国の田を植ゑる
万緑の中に白富士どかとあり
富士映す四角四角の植田かな
河骨の一花咲き終へ一花咲き
大伽藍跡の大樟若葉かな
家康を祀る奥宮若葉風
花楝ほどよき雨となりにけり
花空木乗馬クラブの女の子
雨の日の茶山に人の影もなし
栗毛馬旗手は少女や花楝
街の灯を映して植田暮れゆけり
句碑除幕みかんの花の香る中
葉桜の旅となりけりみちのくに
みちのくの山深く来て余花に会ふ
子ら育ち武者人形の残りけり

知らぬ土地知らぬ径来て踊子草

朴の花峰の札所へ九十九折

二〇〇九年四月
固まりて明日帰るらし鴨の群
岸近く固まり合ふて帰る鴨
帰りゆく鴨梯団の如くあり
輝きて四国三郎鴨帰る

南に向きて迫り出す老椿

坪庭の椿律儀に花をつけ

七曜を色香も褪せず落つ椿

今朝採りし土筆の袴取り酢物

さ緑の天麩羅に透け蕗の薹

山札所天辺よりの百千鳥

その奥の大師堂より囀れる

花の下をみな四人の姦しき

子を連れて女遍路の大きな荷
草刈の刈り残しあり犬ふぐり
遍路来る他県ナンバーばかり来る
二の門を出れば万だの花の中
山門を押し上げてゐる花菜畑
裏山の風止みにけり糸桜
糸桜咲き揃はざる時を訪ふ
色種々に葉を増やしをり春の山
紅淡く緑も淡く春の山
鶯のよく鳴く日なり里静か
寺跡に都忘れの花群れて
犬ふぐりにも蜜蜂の来てをりぬ
糸桜動かぬ静寂ありにけり
曇天へ続いてをりぬ花霞
紅白の椿供華して虚子祀る
うぐひすの長鳴きをして仕る
「椿さん」線香くるる虚子忌かな
虚子孫に線香貰ひ今日虚子忌
虚子祀る星野椿と虚子の忌に
桜桜我も我もと競ひ咲き
花の下野の草々も群れ咲きて
花筏鯉の背鰭にさざめけり
花筏鯉の尾鰭に渦となる
散らす風なけれど落花しきりなる
白点の遍路となりて来る札所
花の晴ほんに讃岐の山丸く
鬼が島なる女木島も花の山
富士に似し島も見えけり瀬戸朧
花吹雪農村芝居搦め捕る
葺替へて農村舞台その日待つ
省略のなきうぐひすの名調子
段桟敷たちまち敷きて落花かな
寒霞渓奇岩怪石山桜
山頂に聞きてをりたる蟇蛙の声
断崖の懐深し山桜
断崖を吹き上げて来し若葉風
干上がりて繋がる島や浅蜊掻く
杖つきて来しをばさんも浅蜊掻く
世界一狭い海峡浅蜊掻く
春の海まったく凪ぎて真っ平
うぐひすに朝の明けゆく島の宿

国宝の釈迦堂厳と桜かな

奥の院出れば眩しき朝桜

これほどのかとの紐とは何とまあ

御仏のいます本堂桜咲く

箒目の残る結界蟻地獄

春昼の梵鐘一打加へけり

海の風登り来るとう若楓

斜交ひに斜交ひに鮎上りけり

激流に跳ね飛ばされてゐる稚鮎

川岸に沿うて固まり上る鮎

弧を描き一気に上る稚鮎かな

上げ潮を待ちて群れゐる鮎黒し

上げ潮に乗りて一気に鮎上る

藍芽吹く犇くといふことをして

犇きてゐて重ならず藍芽吹く

床の中緑競り合ひ藍育つ

大輪に傘差し掛けて牡丹園

ぼうたんに靡きて落花しきりなり

炭火して男二人の鮎番屋

ホ句の旅忙し朝寝してをれず

一匹の蜂来ててんやわんやかな

この島は山家のごとに葱坊主

うぐひすをBGMとする朝寝

朝寝して孟浩然となってゐる

小振りなる団扇いただき木戸くぐる

若葉風入れて第三幕上がる

芝居はね現に戻る若葉坂

大舞台はね花吹雪紙吹雪

白虎隊自刃の地なり桜散る

初燕大内宿の大藁屋

鶴ヶ城前の茶室の糸桜

街道の昼の宿なる黄水仙

二〇〇九年三月
かつと行きこそつと帰る恋の猫
何処の世も男は気立て恋の猫
実らざる寅さんの恋猫の恋
旧家守る娘三代雛飾る

三代の雛それぞれにある思ひ

その先に阿波国分寺豆の花

辻毎に遍路標や豆の花

遍路よく来る日となりぬ葱坊主

日溜りにあり燦々と犬ふぐり

本堂は崖の上なり春の雲

去ぬ鴨か固まり合ひて法の池

団参の遍路大方をみなかな

琴の音や蜂須賀桜散り初めぬ
お花見を武家屋敷より致しけり
御当主と蜂須賀桜ともに見る
芍薬の天突いて芽の犇ける
雨の後車に残る春の塵
露天湯の湯煙上がる春の山
啓蟄を待つ嘴のありにけり
先に咲き先に散りゆく花惜しむ
昨夜よりの東京春の雪がすり
地に落つるより先に消え春の雪
春の雪眉山いよいよ撫で肩に
泥濘に混じりてをりぬ春の雪
小さきは水に戻して蜆掻く
宍道湖の蜆侍らせ地の蜆
ゴム長に背まで埋めて蜆掻く
第十の堰まで汽水蜆舟
五臓にも沁み入る今朝の蜆汁
つちふるや北京に青き空のなく
黄沙来る万里の波濤堰ききれず
苗床の覆ひ払う日目覚める日
薄塩で旨き目刺をあはれとも
この魚に何の罪ある目刺とは
マウンドに立つ子の靴に春の泥
二〇〇九年二月
蝋梅の香に招かれて書道展
猫柳活けてターシャ・テューダ展
山の湯を出でし一歩に笹鳴ける
山の湯の土産となりぬ蕗の薹

ほろ苦を越して苦さの蕗の薹

湯通しの滴る香り蕗の薹

叩きつつ四方を見渡しゐて小啄木鳥

数多の目見つめて居りぬ小啄木鳥打つ

こんこんと乾く音して小啄木鳥打つ

幹周り叩き叩きて小啄木鳥発つ

息潜め耳を澄ませば小啄木鳥打つ

小啄木鳥打つ音にリズムの生まれけり

ぢつと見る上崎暮潮小啄木鳥打つ
紅梅の咲いて白梅まだ蕾
蝋梅の香の潜みたるとう上る
色も香もよき蝋梅に佇める
満作や母を背負ひて丘に立つ
ランチにも節分の豆添へられて
立春に浮き立つ心ありにけり
立春の昨日と違ふ空の色
野の川に光あふれて春立てり
老梅の枝枝にある遅速かな
枝といふ枝天へ向き梅三分
犬ふぐりにも蜜蜂の来てをりぬ
剪定の梅の小枝を失敬す
峡日和巣箱の蜂の動き出す
家継ぐ子なき里なれど梅盛り
祖の墓の天明の文字臥竜梅
蜜蜂の巣箱の口を塞ぎゐて
花蕾付けたる梅を剪定す
大壺に剪定の梅貰ひ活け
土竜掘る土の匂ひや仏の座
男子とて運針せし日針供養
階毎にバレンタインの日の売り場
手作りのチョコ来てバレンタインの日
片栗の花に始まる野草園
片栗の花は照れ屋と思ひけり
山家みな日当たりにあり犬ふぐり
そこらぢゅう瑠璃をこぼして犬ふぐり
春の風邪インフルエンザにはあらず
引き始め判りし時も春の風邪
東方に青空のぞき春時雨
春時雨洗濯物は軒下に
襟立てて走り抜けたる春時雨
花便りまづは蜂須賀桜より
春風の人春風とともに逝き
突然に人は逝くもの椿落つ
涅槃会を選びて逝きし人送る
山笑ひ水温みても逝かれけり
白木蓮の花に日陰のなかりけり
かく長き一筆書やかとの紐
難産のあとかもかとの紐くねり
日当たりを選びてをりしかとの紐

親の血を今もひきゐてかとの紐

羊水の沼に浮かびてかとの紐

これほどのかとの紐とは何とまあ

涅槃図に遅参の猫の描かれず

遊覧船蜂須賀桜咲くを見に

飛び火して又飛び火して野火走る

消防車侍らせてゐる野焼かな

天に星地に犬ふぐり仏の座

紅梅に隣る白梅墓を守る

三階の蔵ある屋敷濃紅梅

咲くほどに散るほどに梅香りをり

探梅のあとの鍋焼饂飩かな

沢登り詰めれば古刹初音聞く

本堂に聞いて即ち初音かな

二〇〇九年一月
十人の家族揃ひて雑煮かな
子に貰ふお年玉とて旅行券
年玉をあげて貰ひて老いしなり
常宿に吹き窪めゐて薺粥

さ緑を吹き窪めては薺粥

からからと空晴れ渡り寒に入る

さらさらと風吹き抜けて寒に入る

天気図の乱れしままに寒に入る

背中より忍び来るもの寒の入

追羽子も稲穂も松も飾りなる

子牛ゐて母牛の来て日向ぼこ

子牛ゐて母牛のゐて冬温し

天辺に紛れずに寒椿かな
一つ咲きもう一つ咲き寒椿
葉牡丹の芯に煌く雨滴かな
葉牡丹の列に連なり日向ぼこ
葉牡丹の渦に日の渦連なれり
日溜りに固まり香り野水仙
山茶花の咲き継ぐ赤と散りし紅
寒すでに蒲公英へばりつきて咲き
胸張りて寒九の風の丘に立つ
一輪の蝋梅なれど香を放ち
嫁姑二人の会話初笑
獅子舞の頭も口も四角かな
獅子舞の獅子に犬歯のめでたけれ
獅子舞の獅子よりをみな出で来たる
予定なきこともあれども初暦
一年の計夢とあり初暦
東京の海も穏やかなる年初
凍蝶の翅閉ぢしまま散りにけり
凍蝶のほろほろほろと発ちゆけり
凍蝶の落人のごと発ちゆけり
凍蝶の翅の大方破れゐて
卵黄の弾け出でたり寒卵
探椿と云ふは聞かねど寒椿
野水仙群れ咲く果ての空の青
鳶の背を見て水仙の崖のあり
野水仙なだれ咲きゆく海青し
野水仙五百万本なる斜面
海に向き太陽を浴び水仙花
大斜面海から空へ野水仙
大斜面海へ雪崩るる野水仙
濃く淡く水仙の香の地に這ひて
水仙の匂ふ海風ありにけり
大寒の海真っ平らなる淡路
大寒の空の真っ青なる淡路
日輪に岩場の氷柱瑞々し
蝋梅の花ことごとく日に透けて
寒鯉の鰭の俄かに動きけり
突っ張って引っ張って薄氷かな
巡り来て元の日溜り犬ふぐり
ふとすでに足元の瑠璃犬ふぐり
波打てる硝子と見れば寒氷