遠藤和良が詠んだ今月の俳句です。

(徳島県 山城町)
「大歩危峡 谷の流れはひすい色」
撮影 三好和義 提供:阿波銀行

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二〇一二年三月
真っ先に来て落し角見つけしと
立派なる落し角なりかく重し
手にしたる落とし角なりかく重し
猪の髑髏もありて罠予感

道の辺に猟られし猪の髑髏

山中に猟られし猪の髑髏

捌かれし猪の跡ありはっきりと

蝌蚪生まる猪のぬた場でありにけり

うぐひすや山葵の花は未だなれど

梅林を登り詰めれば初音かな

落とし角一対にてはあらざりき

のれそれや土佐は南国春早し
のれそれといふのど越しをいただきぬ
教へられ頷いてゐる蜊蚪の紐
腸捻転とはかくあらん蜊蚪の紐
捻れゐてまた捻れゐる蜊蚪の紐
一筆のかくも長かり蜊蚪の紐
水底に泥まみれなり蜊蚪の紐
鳥の嘴忙しかりし地虫出づ
琉球の寒緋桜を江戸に見し
八重といふ寒緋桜の緋色かな
春の雪雪達磨には関はらず
青空も見えて降りけり春の雪
梅に来る目白神楽の鈴のごと
お水取り明けたる朝の尚寒し
吹く風に縺れては解けしだれ梅
省略の正調となる初音かな
引く鴨の帰り支度ぞそれぞれに
咲き満てる梅にやさしき日和かな

梅の香の寄せ来る間合ありにけり

白魚を待ち四手網並ぶ川

いとけなき川に白魚上り来し

この小さき川に白魚上り来し

透き通る水に白魚透き通る

なかんづく不漁の白魚祭り川

白魚の祭りの幕の垂るる川

白魚の祭りメニューを眺めゐる

潮時に白魚食べに来られよと

白魚を食べんとすれば朝来よと

紅紫濃くして黒椿とは如何に

外つ国の椿苗木も椿園

雄蕊なき侘助の花小振りなる

見るうちにつぼみ膨らむ花日和

咲き満ちて蜂須賀桜ちふは此れ

謡聞き蜂須賀桜眺めゐる

藩侯に賜るといふ桜咲く

予約済てふ骨付きの猪の肉

落し角対で販(ひさぎ)て野の市に

その写真付け諸々の苗木売る

小女子のちりめんじゃこの初物ぞ

お彼岸の野の市樒よく売れて

獲りたての猪の肉売る朝の市

猪獲りし場所は秘密と肉を売る

朝の市泥鰌に目高?蛄も

部屋中に届く明るさ春障子

春障子部屋に明るさとどこほり

暖かきことが何より野点かな

暖かや鯉の尾鰭のよく動く

開け放ちみたくなるもの春障子

春障子開ければ残る寒さあり

春障子越しに鳥声聞え来る

春障子その明るさの嬉しくて


二〇一ニ年ニ月
水仙の逸り咲くこと一ヶ月
水仙の盛り寒さに早まると
水仙の仕舞の仕舞まで凜と
水仙の海へなだるる淡路かな

水仙のなだれ落ちゆく海の紺

水仙の風にしだるる海青し

聞き知りて遅き今年の梅探る

早咲きの梅に集まるカメラの目

蝋梅に遅速梅にも遅速あり

蝋梅の彼方に天守見ゆる園

梅遅き園に早咲き苗木売る

後ずさりまた近寄りて梅を見る
一巡しはじめの梅に佇める
秀頼の自刃せし跡花八手
内堀の鴨度外れに太き尻
まだ風のとんがってゐる梅二月
早梅の香の仄かとも幽かとも
梅園の真ん中梅の苗木売る
梅園の梅それぞれの花つぼみ
寒明けてよりの寒さのことさらに
寒明けは暦の上でありしのみ
日本橋より江戸前の海苔届く
チョコ貰ふバレンタインの日の句会
チョコ売場其処此処バレンタインの日
レジに列バレンタインのチョコ売場
遠目にてあればけぶりて梅の紅
まだ蕾なれども梅の香の仄か
野も山も眠たげにして春の雨
放蕩の息子の帰還恋の猫

放蕩の恋猫いづこより帰還

恋猫をレンブラントはどう描く

雨に濡れ泥にまみれて恋の猫

白猫を追って黒猫恋のころ

尾を垂らし垂らしてゐるも恋の猫

七曜を朝帰りせしうかれ猫

誰彼の死をふと思ふ春の風邪

流感を怖れてゐしが春の風邪

束の間に消えてしまひし春の雪

申し訳なさうに梅咲きゐたる

城山は原生の森花山葵

解け残る雪で作りし達磨かな

雪達磨作らむと稚児走り出す

子と母のいやあどけなき雪達磨

城山の空縦横に初燕

春の雪消えたるあとに佇めり

二の丸は雑木林や百千鳥

二の丸にあり武蔵野は百千鳥

道灌の植ゑたると云ふ梅遅し

道灌の梅道灌の城に咲き

橘のどの実にもあり嘴の跡

橘の実の大方は鳥突く

金よりも黄金色なり福寿草

木漏れ日にまぶしかりけり福寿草

福寿草萌え出づ土のやはらかし

歯医者への道にいつものいぬふぐり

紐と云ふものは見えねど蝌蚪の紐

ふんわりと水に漂ふ蝌蚪の紐

あんパンのやうな形の蝌蚪の紐

マシュマロかゼリーの菓子か蝌蚪の紐

芥子粒のやうな一つが蝌蚪となり

生まれ出づ蝌蚪の早くも尾を振りて

生まれ出しばかりの蝌蚪の寄り添ひて

閑散とせし野に出れば初音かな

鳴くたびに音色整ふ初音かな

聴くほどにほどに滑らかなる初音

咲かんとす枝もろともに剪定す

浜に釜設へ若布刈舟を待つ

若布刈舟傾ぎしままに帰りけり

湯通しのたちまち緑なる若布

焚きてをり若布の色を終始見て

若布焚く色眼裏にとどめゐて

新若布和布蕪を添へて持ちくれし

つくづくと昔は豪華雛人形

名人の作りし雛の見て飽きず

名人のをりしは昔雛人形

自然体なるが品格雛人形

飾られて笑み忘れざる雛人形

仕舞ふより飾られてこそ雛人形

二〇一二年一月
家族引き元の二人となる四日
山の湯に妻と来てゐる四日かな
山の湯に伸ばす四日の四肢五体
玄関を開けて賀状の束届く

年賀状読みゐるうちに一ト日暮れ

いずれ無事そんな賀状の多き年

年賀状など見て電話したくなり

賀状来るアルゼンチンの田舎より

お互いに無事を喜びゐる賀状

電話せり賀状来ぬ人来し人も

来年は失礼と書く賀状来る

日本は礼節の国年賀状
禿木の天辺にをり初鴉
群つくり中洲占領初鴉
初鴉境内狭め基地作り
芹薺バイキング式朝餉にも
常宿は今年も用意薺粥
薺打つ唐土の鳥の母の唄
福笹に群るるバーゲン売場かな
宵えびすよりデパートへ直行す
買初のうまいもの市巡りかな
完熟の檸檬にカプリ島をふと
踏みて知る落葉の嵩でありにけり
日の差して落葉の径の明るさよ
艶やかな落葉の径でありにけり
この苗木植うも廃校記念なり
廃校の農大牛は日向ぼこ
つい踏みてみたきは今朝の霜柱
首塚の閼伽に薄氷漂ひて

あるはずと探せばありし竜の玉

竜の玉探す幼き日に帰り

蝋梅の古木と残る長屋門

蝋梅の老樹天より香を降らす

妖艶のその香にをりて古蝋梅

黄水仙水仙競ひ咲ける庭

北風の石塀の道吹き抜けし

小さくとも眼光厳しノスリかな

冬の鷭太き尻より着水す

遠目にも長元坊のホバリング

ノスリゐて動かぬ園の静寂かな

まづノスリ見せてくれたる遠眼鏡

採りし海苔その日のうちに洗ひ干す

海の水ポンプで流し海苔洗ふ

見頃なる頃に会へたり寒牡丹

寒牡丹見頃の園の切符買ふ

晴れ着着し少女の如し寒牡丹

寒牡丹とは清清しかくもまあ

寒牡丹咲き継ぐ上野東照宮

深々と蓑を被りて寒牡丹

上品や丈低くして寒牡丹

寒牡丹小輪なれど凛とあり

寒牡丹百に百ある佇まひ

寒牡丹株毎に句の添へられて

同じものなき百株の寒牡丹

美しき小顔とも見て寒牡丹

雪国の少女の如し寒牡丹

寒牡丹園の出口の甘酒屋

寒牡丹見て来てホットミルク飲む

万作や上野東照宮に咲く

三椏の恥じらひながら咲きにけり

蝋梅の蝋の透け行く今朝の雨

冬枯れの園にクロガネモチの赤

初旅の錦帯橋を渡りけり

風花の錦帯橋となりにけり

寒風の錦帯橋に容赦なし

露天湯に冬のオリオン仰ぎゐる

瑠璃光寺境内広し梅探る

国宝の五重塔や雪晴れて

萩へ行く旧道雪に閉ざされて

仰ぎゐる鷹棲む塔の高さかな

門司港は吹きっ曝しよ寒灯

寒の宮裸電球一つかな

レトロなる街に寒灯暖かく

レトロなる街の寒灯黄ばみゐて

天然の虎河豚入荷確かめて

まづ見せて虎河豚捌く料理人

一抱へする虎河豚の大きさよ

虎河豚の大きさ河豚と比較して

虎河豚の一尾四人に余るほど

本物の虎河豚食べにはるばると

河豚づくし完食したる三時間

石蓴浮く海に朱塗りの鳥居かな

宮島の旧家の庭の実南天

お屋敷の庭の広さや実南天

二〇一一年十ニ月
踏み入るをためらふほどに紅葉散る
散りて知る紅葉の嵩でありにけり
いよいよに色濃き冬の紅葉かな
残りたる緑の中の冬紅葉

行くほどに紅葉の寺となって来し

ふるさとの阿波は南国冬紅葉

南国の阿波の紅葉は冬も冬

縞模様たしかに見たる小啄木鳥かな

縞模様たしかに小啄木鳥なりしかな

縞模様は小啄木鳥ぞ幹に紛れしが

静かなるナポリの海の暮早し

寄鍋を囲み話の尽きぬ夜
寄鍋の奉行と云ひて女将かな
寄鍋に作法ありしといふ老舗
寄鍋に具を入るる順ありにけり
水鳥の来てゐる川に居合はせて
水鳥の浮かびて景のできあがる
水鳥の予期したる瀬にをりにけり
アマルフィハイビスカスの冬に咲き
枯蓮の田のひろびろとありにけり
枯蓮田東西南北限りなく
枯蓮の中を一両列車行く
枯れきっていよよ明るき蓮田かな
巻き狩の蝦夷鹿肉とシェフの云ふ
巻き狩の蝦夷鹿阿波でステーキに
出役せし狩の分け前平等に
狩犬に血の匂ひせし肉与へ
それぞれに飾り手作り聖樹かな
腰振りて歌ふサンタの玩具かな

寄鍋の「太郎」と云ひて金沢の

寄鍋の「太郎」金沢主計町

年忘飲むなてふことつい忘れ

年忘食事療養忘れをり

年忘忘れられないことばかり

春着買ふ五人の孫は女の子

干柿の色を仕上げてゆきし風

極月の市民オペラに招かれて

極月の阿波のオペラでありにけり

阿波にゐてオペラ楽しむ師走かな

オペラ見てカルメンに泣き年暮るる

極月の阿波のオペラのカルメンよ

カルメンのオペラの跳ねて冬ぬくし

チキン食ぶ社員食堂にて聖夜

クリスマス社員食堂にもサンタ

靴下を吊りし遠き日クリスマス

クリスマスカード着いたとメールかな

クリスマスカード漢字のチャイナより

鴨を見て過すもメリークリスマス

聖書には関はらねどもクリスマス

復活を信じなけれどクリスマス

柚を身で割って入りたる柚湯かな

背を伸ばし四肢を伸ばして柚湯かな

大仕事済ませて入る柚の風呂

柚共と久方振りの長湯かな

小啄木鳥打つ姿よく見ゆ枯木かな

月光の削ぎてをりたる大枯木

枯木山より甲高き鳥の声

柚浮かぶ一番風呂でありにけり

不揃ひの混み合ふてゐる柚湯かな

幸せは柚の移り香柚湯して

天辺の鴉動かぬ大枯木

来し鴨にまぎれず太き居つき鴨

前のめり前のめりして鴨泳ぐ

鴨飛翔愕くほどに首伸ばし

鴨の川太りゐるのは居つき鴨

餌をくはへ追撃かはし逃ぐる鴨

鴨泳ぐ前のめりして水を蹴り

鴨を見て来て熱き味噌汁嬉し

かいつぶり大反動に潜りけり

かいつぶり浮かび来る間の物語

陣を張る鴨と離れてかいつぶり

見て飽きぬ道化振りなりかいつぶり

スーパーにぎっしりと客年の市

年の市嫁三人に妻一人

年の市家族総出でありにけり

二〇一一年十一月
兼題の烏瓜持ち来てくれし
烏瓜廻し句会の始まりぬ
手に乗せて艶を極めし烏瓜
縦縞の粋にして青烏瓜

蔓引けば一網打尽烏瓜

大方は落ちしが香り花梨の実

天辺のまだ鈴生りに花梨の実

その奥に山杜鵑草群れ咲きて

花芒金波銀波と風の中

日にこぼれ風にこぼれて梅擬

咲き継ぎて道野辺の花野紺菊

咲きにけり地へへばりつき達磨菊
振り返り見ても淋しき冬桜
こむらさき少納言ふと式部ふと
散るほどに咲き継ぐ花よ山茶花は
日向より日陰の色の実千両
垂るるまま裂けてをりたる石榴の実
群れ咲ける秋明菊の花明り
松の廊下跡と聞きゐて石蕗匂ふ
大奥の井戸残りをり石蕗の花
子持ち鮎出て会席の始まれる
山葵より生姜で戻り鰹かな
釜炊きの茸ご飯の香りそむ
芒原富士の裾野の遥かまで
水澄めり忍野八海なればなほ
秋澄みて忍野八海よりの富士
ほうとうを食べて小春の甲斐路かな
菊の香や境内深き浅草寺
みちのくの新米並べ商へる

新米のご飯もひさぎ老舗かな

秋空へスカイツリーの凛と立ち

境内に茶席設へ文化の日

菩提子に羽を与へし造化かな

なほ眺めゐても淋しき帰り花

実千両なりし明りのありにけり

お手前の庭の花石蕗明りかな

千両の色を仕上げてゆきし雨

どの株も黙をつくして実千両

動ぜずにいづれの株も実千両

飛び石の先に古井戸石蕗の花

浅漬けにせよと御根葉を持ちくれし

冬日和甲斐路の富士の優しかり

裏富士にやさしき冬の日差かな

朝食のメニュー変はらず冬に入る

立冬の富士黒々とありにけり

羊雲日本列島被ひけり

中世の城の外堀蔦紅葉

中世の城の堅牢栃黄葉

ゴンドラの舟歌澄みて水澄みて

舟歌につのる愁思のありにけり

バリトンの舟歌にある愁思かな

金輪際舟歌に聞く人の秋

室の花咲かせ広場のカフェテラス

ナポリにて熟柿に出会ふ嬉しさよ

よく売るる小粒蜜柑もナポリかな

ボンベイの遺跡に石榴たわわなる

アマルフィブーゲンビレア冬も咲き

洞穴の海の青さよ水の秋

カプリ島段々畑に蜜柑かな

蔦紅葉家皆白きカプリ島

水澄めり「青の洞窟」なればなほ

洞窟の海煌ける水の秋

暮れ早きピサの斜塔に佇めり

冬晴れていよいよ高きコロッセオ

暮れ早きローマの遺跡巡りゐて

街路樹の蜜柑鈴生りなるローマ

着膨れることも御洒落とローマかな

色といふ色なき冬のローマかな

水澄みに澄みてトレビの泉かな

草紅葉美しき日本に帰りたる

紅葉散る川に親鹿小鹿かな

大股に鴉の歩く小春かな

燦然として散乱と木の実落つ

笹鳴と云ふ足元に聞こゆもの

笹鳴を右に左に聞く小径

飛び立ちて目に縞残す小げらかな

小春かな大河一筋ゆるやかに

冬晴や視野果つるまで吉野川

二〇一一年十月
鮒釣りし遠き日をふと夢道の忌
鮒釣りしあの日この川夢道の忌
鮒釣りしふるさとの川夢道の忌
鮒釣を久しく見ずに夢道の忌

鮒釣の句碑見て修す夢道の忌

餡蜜も食べて夢道の忌を修す

雨の日の木犀の香の静もれる

木犀の香の辻ごとに家ごとに

刈り込みて木犀の香のちりぢりに

砂つきしままの甘藷を持ちくれし

此れやこの「鳴門金時」なる甘藷

阿波鳴門甘藷と云へば「里むすめ」
栗よりも勝る甘藷に出合ひけり
一風雨明けたる空に烏瓜
烏瓜青空にぶら下がりをり
烏瓜風に吹かれてゐるばかり
世に出さぬ新酒と云ふを注ぎくれし
かく呑みて造り酒屋の新酒かな
今年またボージョレヌーボーなる季節
露の世よマリアテレジアならずとも
鷹三羽巴を崩し舞ひ立てり
向かひ来る風をとらへて鷹渡る
渡る鷹なほ戻さるる時もあり
戻されてなほ戻さるる鷹のあり

風に乗り風に向かひて鷹渡る

羽ばたきて羽ばたきもせず鷹渡る
四国路の起点孫崎鷹渡る
塩田の跡なる池に鴨の来て
塩田屋敷守る末子の冬構
時化の来て畳上げあり塩田屋敷

昼の虫日翳り日照り関はらず

会席のデザートに出る通草かな

フルーツの「千疋屋」にもなき通草

里山に通草の採りし日の遠く

一合で足りる幸せ温め酒

世に遠くゐることに慣れ温め酒

独り飲む酒は静かに温め酒

熱燗を甘露甘露と飲みし父

懐かしき人の訃報にゐる夜長

栗を剥く婦唱夫随でありにけり

吾が剥ける栗の栗飯炊き上る

栗ご飯まづは香りをいただきて

てっぺんに無花果熟れてをりにけり

無花果の朝餉の膳にまた載りて

御苑にも背高泡立草咲ける

日本を占拠背高泡立草

佇めば菊人形の香を放ち

菊人形水吹きいのち与へけり

どれも濡れ菊人形の足元は

咲き満つる菊をまとひて菊人形

浄めたるばかりの磴に銀杏の実

衣脱ぎし蛇のそこらにをりさうな

銀杏を掃けば銀杏落つる音

二〇一一年九月
天守閣まで放水し震災忌
国宝の城に放水震災忌
犬山の城は国宝心太
天守より届く一葉落し文

国宝の城の一隅凌霄花

ご城主は今も健在赤のまま

ご城主は女性とのこと蓼の花

酔芙蓉明治を今に残す村

明治村ここに始まる萩の花

かく広き花野もありて明治村

台風に対すや右往左往して

台風の来り暴漢来しごとし
雨戸閉め台風の夜の早仕舞ひ
人去りて鳰の水輪の残る池
藻刈舟去りたるあとの水曇り
炎立つ清水のほとり曼殊沙華
法師蝉湖の静かに暮れゆけり
とんぼうの汀女の句碑のある水辺
とんぼうのゐてとんぼうの汀女句碑
浮沈して鳰の浮巣のありにけり
酔芙蓉一日の色を尽くしけり
蓑虫の糸のやうやく見えてきし
湧水に羽黒蜻蛉の映りずめ
江津湖なる水の回廊芹の花
この国にジャングルのごと芭蕉林
芭蕉林巡る水廊鮎透けて
阿蘇の水こんこんと沸き芭蕉林
清らかな水の今昔芭蕉林
芭蕉林その真ん中に虚子の句碑

城壁はオーバーハング秋高し

武者返し此処城壁の天高し

武者返しのけぞり眺め秋高し

馬追や馬放牧の草千里

馬追や乾きし馬糞続く丘

芒野を越えて芒野阿蘇広し

高原のげんのしょうこの花の色

寝釈迦見る松虫草の丘に来て

阿蘇に来て松虫草に会えるとは

群生の松虫草に出会ふ旅

寝釈迦見ゆ松虫草の峠かな

大花野大観峰の麓より

吾亦紅そこにあそこにここにかな

邯鄲や外輪山のよく見えて

花野とは人散りぢりになるところ

花野とは人の固まるところなり

地を這って色濃き阿蘇の花野かな

茎寸の阿蘇の花野でありにけり

阿蘇広し花野も広し空広し

大阿蘇の牛馬散らばりゐる花野

大阿蘇の花野は空に続きをり

阿蘇谷へ一瀉千里の花野かな

遠き日の母の味ふと衣被

衣被味噌でいただく母恋し

衣被供へる母の手の白し

爽やかや句帳土産の祝の座

孤を描きて国際空路鰯雲

鰯雲高く飛べ飛べ竹とんぼ

竹とんぼ飛び飛び飛んで鰯雲

鰯雲水平線の彼方まで

鰯雲地球の裏の国にまで

見舞ひたる師に励まさる子規忌かな

闘病の師に励まさる子規忌かな

糸瓜の絵朝顔の絵に子規忌来る

朝顔の直筆を見る子規忌かな

息を吹き返す結核獺祭忌

まづ酢橘あるを確かめ秋刀魚焼く

みちのくの秋刀魚目黒に贈らるる

横顔の写真忘れず子規忌かな

身を反らし飛び立ちにけり鬼やんま

法師蝉止めば虫なく山札所

行楽の出立ちもあり秋遍路

秋晴れて白のまぶしき遍路かな

秋遍路をみなばかりのかしましく

朝顔の仕舞の花の地に咲ける

刈られたる野に水引の赤い花

邯鄲や四国四県を見下ろして

二〇一一年八月
阿波踊浴衣も粋でありにけり
阿波なれや踊り浴衣もさまざまに
京染めの踊り浴衣も並ぶ阿波
百日紅水辺にありぬ来てをりぬ

遊覧船「乗り場ここです」百日紅

河口より眺める眉山船遊

川巡り町を巡りて船遊

川と川つながる町の船遊

この国の川の回廊船遊

熊蝉の我が家の門の松に鳴く

閑静な住居地にして蝉時雨

七曜の早朝よりの蝉時雨
寄せる波引く波のごと蝉時雨
新真なる浴衣で花火見に行かん
淀川に浴衣繰り出す花火の夜
淀川を狭しと思ふ花火かな
花火にも起承転結ありにけり
打上げと仕掛花火の間合かな
一瞬に咲き一瞬に散る花火
済みてなほ目の中にある花火かな
半時に二万発てふ花火かな
痩身の藍師ひたすら藍返す
一日に四度も返して藍を干す
返すたび軽くなりゆく藍を干す
返すたび色変りゆく藍を干す
掃き返しまた掃き返し藍を干す
藍を干す藍師の箒さばきかな
藍干して藍の小作のことをふと
葉といふ葉照りを返して二番藍

吹き渡る風のやさしき二番藍

脇の芽を育てて二番藍となる

この里に昔一揆の藍を干す

藍玉は玉の汗より作られし

ねぶたはね流燈となりゆきにけり

神々の世もかくあらん星月夜

星月夜神話の島の夜の深けて

星月夜神話の島の尾根黒し

こんなにも青き夜空や星月夜

北海道産の大豆の新豆腐

先頭に三味の流しも阿波踊

三味流し踊り込みたる阿波踊

阿波踊り三味の流れて踊り込み

をみな衆三味を流して阿波踊

よしこのよ三味の流しよ阿波踊

小粋なる三味の流しも阿波踊

麗人の男踊りも阿波踊

をみな皆はんなりとして阿波踊

町川の夜風涼しき阿波踊

つくづくと水の都の阿波踊

町川に宴の灯映えて阿波踊

川縁に市を連ねて阿波踊

潮の香を運び来る風阿波踊

川舟の舳より見る阿波踊

阿波踊浮きステージもありにけり

阿波踊終はりは空に月上げて

流灯の川に宴後の静寂あり

流灯の川に踊りの余韻かな

流灯や宴の余韻の残る川

阿波踊り果てたる川に流灯す

踊り終ゆ川の静寂に流灯す

流灯の行方の闇の深さかな

花火見るボートレースの座席より

ボートレース場が会場揚げ花火

常滑のやきものまつり花火揚げ

揚げ花火一呼吸して開きけり

打ち上げのまた打ち上げの花火かな

闇の濃きほどに色濃き花火かな

打ち止めはは大球形の大花火

フィナーレの花火のあとの闇深し

西瓜割りしたる西瓜を届けくれ

花火の夜見物席へ西瓜かな

二〇一一年七月
湘南の海へ撓みて濃紫陽花
鎌倉の海へ傾ぎて濃紫陽花
海へ落つ磴に紫陽花傾ぎ咲く
江の島に広き庭園花ディゴ

リスボンは今なほ遠しモラエス忌

その生家訪ねしは去年モラエス忌

リスボンのジャカランタふとモラエス忌

リスボンは坂多き街モラエス忌

道尋ねたずね生家へモラエス忌

ファド歌ひくれたる人よモラエス忌

日本にもジャカランタ咲きモラエス忌

孤愁とはファドの余韻よモラエス忌
その孤愁語ることなくモラエス忌
睡蓮の池ひろびろと花鳥園
睡蓮の花に汚れの見ゆるなき
睡蓮の泥土世界を抜け清楚
小さくとも鎌首もたげ蛇は蛇
立ち泳ぎして息を継ぐ井守かな
立ち泳ぎ井守見せくれ赤き腹
四阿に雨を凌げばほととぎす
折からの雨に瞬き合歓の花
糠雨に紅煙りをり合歓の花
句会場けふは山荘ほととぎす
このごろや瓢茘枝と日除けにし
琉球の茘枝育てて日除けにす
朝顔に瓢に茘枝みな日除け
滴りに足取り軽くなりにけり
蕗の葉のコップに泉いただきぬ
清水飲む蕗の残り香ありにけり

滴りを蕗の葉で汲む里の人

阿讃嶺の稜線長き夕焼かな

稜線は阿讃山脈大夕焼

すててこや子供の妻の贈り物

サンフランシスコのこれやサングラス

エーゲ海クルーズに買ふサングラス

富士山の伏流水と聞く清水

生け捕りの山女を囲ひ岩清水

打水をして外つ国の客迎へ

雲の峰阿讃山脈眼下にす

大バナナ垂れて琉球記念館

二タ月も前に予約をして背越

家族皆誰もが背越好きと云ふ

懐石の天然鮎に相揃ひ

鮎の鮨食べて土産に鮎の鮨

この時期のこの店のこの鮎が好き

今年またこの店に来て鮎の鮨

二〇一一年六月
叩き否けふは刺身に初鰹
いただきぬ生姜醤油で初鰹
初鰹土佐に過ごせし日の遠く
昨日今日明日も鰹かつおかな

昨日土佐今日は駿河の初鰹

薔薇園の名札片仮名ばかりかな

薔薇園にバラ科浜茄子咲き満ちて

咲く薔薇と蕾の薔薇と散る薔薇と

巡り来てやはりこの薔薇好きな薔薇

会ひたかりしカルメンといふ赤い薔薇

茹で上げし篠の子水に晒しおき

犇きてなほ犇きてさつき咲く

刈り込みしほどにさつきの咲くといふ
雨に映えさつき明りのいよいよに
近代化とは削られし菖蒲園
菖蒲園水路工事に削られて
紫は深き色なり花菖蒲
つくづくと紫がよき花菖蒲
眉山より流れ来る水花菖蒲
白といふ色のまぶしさ山法師
山蔭に明るき真白山法師
篠の子を水子地蔵に供へあり
梅雨霧の底の鳴門の海静か
発酵も腐敗も黴によるらしき
青黴を閉じ込めゐるはチーズかな
白黴に覆われてゐるチーズかな
いと好きな味の青黴チーズかな
クーラーにまで青黴の侵入し
みなもとをこの青黴にしてペニシリン
糠床を守り神とし黴の膜

久々に会ひし守宮や黴の宿

風呂場にて守宮に出会ふ山の宿

青黴のブルーチーズで飲むワイン

朝凪の紀伊水道で鯵を釣る

鯵を釣る沼島の沖へ船を出し

三尾釣れそれっきりなる鯵を待つ

魚探には魚影あれども釣れぬ鯵

船頭の釣りたる鯵の大きかり

手土産は船頭さんの釣りし鯵

船頭は鯵の釣果に皺増やす

水底の影よく揺れてあめんぼう

すすむより跳ぶ時しきりあめんぼう

韋駄天の走りも見せてあめんぼう

伊賀者か甲賀者かもあめんぼう

目を見張る表面張力あめんぼう

蠅叩上手な母でありにけり

蠅叩下手な私でありにけり

蠅叩棕櫚で作りし日の遠く

潜りては出でては潜り茅の輪かな

結界に入る思ひの茅の輪かな

草矢飛ぶ放物線を描きつづけ

大方は風に戻されくる草矢

弟の放つ草矢のよく飛びて

そのかみの大名屋敷蛍狩り

都心にもありし暗闇蛍狩り

細川家ゆかりのホテル蛍狩り

蛍火の影に水音ありにけり

幽玄の世を現じては蛍かな

幽かにも湧く水の見ゆ草清水

水清き泉に透けし魚のゐて

川曲がり中洲ひろびろ時鳥

雨傘を日傘に梅雨の中休み

水の辺のあぢさゐ殊に瑞々し

鯉に餌をやれば髭見せ鯰出づ

噴水の水の千変万化かな

見下ろせば泰山木の花数多

あめんぼう乗せたる水の盛り上がり

二〇一一年五月
昼までに梨の授粉の終りをり
満遍に陽を受け棚の梨の花
青空へ白を一枚梨の花
新緑の銀杏の並木御堂筋

緑萌ゆ銀杏並木の続く街

御堂筋街路遠まで銀杏萌ゆ

萌へ出づる銀杏の緑御堂筋

山笑ひまた山笑ふ淡路かな

おのころの島中の山笑ひをり

宗俊の啖呵春愁吹っ飛ばし

芝居はねこんぴらさんの春終わる

幸四郎見てこんぴらに春惜しむ
風薫る讃岐金比羅けふ楽日
金比羅の春に落ち合ひ金丸座
幸四郎染五郎見て花も見て
楽日終ゆこんぴらの町夏めけり
桝席の「はの二」より観る江戸の春
金比羅の酒の老舗の樟若葉
緋毛氈敷かれし席の樟若葉
神木の樟の大樹の若葉かな
老樟に天狗伝説あり若葉
休み田にありチューリップ列を成し
整列や縦横斜めチューリップ
畝替へて赤白黄色チューリップ
畝替へて赤白黄色チューリップ
蜂須賀の世より伝へて藤の寺
二百年咲き継ぐ藤の太き幹
山門を潜れば藤の香りして
門前に藤の苗木の市のでき

鉢植えの藤見て棚の藤を見て

藤垂れて古刹に静寂戻りけり

黄沙来て眉山隠れてしまひけり

この小さき魚を目刺とは非情

黄沙来て日輪見えず夕まぐれ

早々と河津桜にさくらんぼ

立つ鳥の跡を濁して鳥帰る

手作りのSL走る子供の日

手作りの蒸気機関車風薫る

夏鶯美声に老と言ふは異議

この艶の老鶯にして極まれり

猪害に泣く竹林の今年竹

虎杖を活けて窯元山に住む

蟻地獄オーバーハングなる傾斜

新緑の輝き池に映りても

松蝉や松の古木の残る寺

若楓渡り来る風やはらかし

石楠花の鮮烈なりし石の庭

石楠花や崖へと続く寺の庭

母の日の妻に梅酒が嫁より来

母の日を嫁三人で祝ひくれ

母の日の花玄関へ床へ挿し

太陽に凛と紫鉄線花

飛行機の窓から烏賊火よく見えて

峰寺の峰と賞でゐて朴の花

竹の子を持ちくれし人篠の子も

篠の子や熊野古道の土産にて

篠の子や熊野古道の道の辺に

道の辺の篠の子採りて家苞に

両の手に余る篠の子採りくれし

篠の子を引くときぽんと音のして

持ち帰る篠の子茹でて旅思ふ

茹で上げし篠の子に水惜しみなく

採りて来し篠の子ちらし寿司となる

中辺路のとがの木茶屋の青葉風

新緑の熊野古道に集ひ来て

はるばると来て紀の奥の万緑に

はるばると来て万緑の中にゐる

出し昆布しのばせて炊く豆御飯

豆飯の御焦げ大好き母の味

まづ御焦げより豆飯をいただきぬ

薄味の豆飯にしてお替りす

鉄線の咲ける窓よりピアノかな

鉄線の色艶仕上げ雨上る

二〇一一年四月
余震なほ続くみちのく春寒し
津波来てなくなりし町春の雪
津波より生還の子の卒業す
殉職の父継ぐといい卒業す

入学の子へ救援のランドセル

震災の泥卒業の証書にも

泥つきし証書記念に卒業す

万を超す震災の死者春寒し

原発にのた打ち回る国の春

原発を閉じ込められぬ国の春

暴走の原発に泣く国の春

想定外てふ無責任春寒し

責任者をらぬ会見春寒し
節電の東京タワー春の闇
夜桜の城の石垣白々と
場所取りは新入社員花の宴
ぼんぼりを巡らせてあり花の茶屋
花見茶屋満艦飾の点灯よ
夜桜の宴とてコート手放せず
夜桜や茶屋のおでんに客の列
居酒屋の並ぶ路地抜け花の宮
客引きの居りし路地来て花の宮
大阪の北の新地の花の宮
曽根崎のお初天神落花はや
紅少し濃ゆしと思ふ遠桜
釈迦仏に甘茶なみなみ惜しまずに
釈迦祀り虚子を偲びて甘茶寺
深山には深山の色の桜かな
桜咲くダム湖の土手を埋め尽くし
曲がりゆく土手に明るき遠桜

遠山に日差を集めゐる桜

花の色幹黒ければなほ白く

桜には武骨な幹がよく似会ふ

跳び跳びてまた跳び堰を越ゆ稚鮎

斜交ひに跳びて堰越ゆ稚鮎かな

堰越ゆる稚鮎背面跳びもあり

十重二十重堰越ゆ瞬時待つ稚鮎

潮待ちの稚鮎の群るる魚梯口

堰を越ゆ稚鮎にリズム生まれけり

鮎遡上真一文字に堰跳びて

自生せるこの菜の花の咲きっぷり

滑走路脇のたんぽぽ小振りなる

富士を見て桜も見たる一日かな

真白なる富士見て紅の桜見て

そのかみの溶岩台地花万朶

紅の色仄かに桜咲き初める

我が余生しだれ桜でありたかり

もつるるを知らずしだるる桜かな

三椏の花の里より富士見えて

茅葺の「見晴らし屋」より春の富士

茅葺の「くつろぎ屋」にて桜餅

茅葺の縁側にゐて桜餅

花屑を十重に敷きゐて八重桜

花吹雪とはとめどなくきりもなく

真青なる空へ消えゆく落花かな

お向かひの桜見てゐる花筵

花見茶屋人気の団子売り切れて

八重桜散り際殊に華華し

見て立ちぬ大渦小渦春の潮

ずぶ濡れて観潮船のデッキに居

どよめきを乗せて観潮船帰る

そこあそこここと渦見の船の客

春潮の鳴門孫崎目張船

ほどけゆく渦の藍濃し春の潮

街路樹の梨の犇き合へる花

街路樹の梨の花咲く梨の里

富士見える茅葺の里草餅屋

被災地の入学の子へランドセル

二〇一一年三月
春雨や傘を差す人差さぬ人
江戸前の海苔のひび張る安房の海
東京湾半ば占領海苔のひび
羽田沖昔も今も海苔のひび

滑走路伸びゆく海の海苔のひび

薄氷の吹き寄せられてゆくあたり

薄氷のありて忽ち失せにけり

薄氷といふ束の間でありにけり

薄氷といふはかなさでありにけり

薄氷の何事もなく消えてをり

厚氷踏みつ登校せし昔

薄氷に遊びし昔むかしかな

薄氷のこはれゆくとき音のして
薄氷に閉じ込められてをりしもの
野島崎灯台に見て雪の富士
梅林下れば祠ありにけり
墓守に紅白の梅揃ひ咲き
梅盛り目白も虻も多忙なる
梅も見て初音も聞ける日溜りに
佇めど梅にうぐひす来て鳴かず
目白群る伸びっ放しの梅林
剪定の枝の切り口だらけ梅
二分咲きて紅仄かなる初桜
蜂須賀の世より伝へて初桜
無事でゐることの幸せ初桜
つくづくと平和は嬉し初桜
仰ぎ見る蜂須賀桜昼の月
夕桜とはこんなにも妖艶な
二分咲きの桜忽とし八分咲き
お彼岸にゴッホの墓に詣でし日

お彼岸に子ら集ひ来て散りゆけり

大根の張りぼて吊るし種物屋

花屋にも並ぶ野菜の種袋

この小さき魚を目刺とは非情

目の空きし干魚目刺にして吊るす

浜風に殺生すすみゆき目刺

立つ鳥の跡を濁して鳥帰る

鳥帰る予告も予兆もなきままに

小女子の釜揚げ山に盛りて売る

小女子の釘煮の味の皆違ふ

小女子の釘煮なる名に納得す

潮の香の残る目刺でありにけり

はくれんは純白なるや幹までも

はくれんの一樹囲みて佇める

はくれんや江戸の世よりの山門に

はくれんの大球形に咲き満ちて

はくれんの花火のやうな咲きっぷり

はくれんの咲き満つ野辺の空の青

はくれんの花の隙間の空の青

二〇一一年二月
裸木の空晴れ渡り昼の月
日溜のなき丸の内梅早し
蝋梅の香に誘はれて苑に入る
満作の黄のほぐれゆく日和かな

白梅の白際立てる空の青

早咲きの梅なりすでに満開に

早咲きの梅に集まる客の足

まだ風のとんがってゐる梅二月

日溜の梅に長居の梅見かな

神木の寒緋桜の満開に

遠目にも寒緋桜であるらしき

品川は社寺多き町梅の花

節分の豆撒く舞台仕上りぬ
ねんごろに幕張り年の豆を撒く
巡らせし幕真新し節分会
宝前を狭め豆撒く舞台でき
住む家の化粧直しし春立つ日
塗り替へし壁に春立つ光かな
家の壁塗り替へて今日春立つ日
立春や壁の塗り替へ終りたる
山茶花の咲き継ぐ紅を極めては
黄砂舞ふ玉葱の小屋農具小屋
散るほどに咲き継ぐ花よ山茶花は
万両や水琴窟の音微か
門前の迎春花咲き初めしかな
殻脱ぎてまぶしきひかり猫柳
遍路道ここより平地犬ふぐり
徒歩遍路落葉溜りの坂を来し
仏の座遍路しるべの足元に
蝋梅の花はおぼこでありにけり

富士見えてあとは朧の下界かな

飛機の下金黒羽白群れる海

此れやこの太郎冠者なる寒椿

微笑みて太郎冠者なる寒椿

寒椿はるか雲南より来しと

人去りて梅の香りの濃くなりぬ

団参の自由時間となる梅見

橘は大樹生りゐて小さき実

橘や小粒なる実のびっしりと

群れてゐて一つ一つや福寿草

朝の日に映えてまぶしき福寿草

色のなき野辺にまぶしき福寿草

黄金色なるはこの色福寿草

弁いづれ瑞々しさよ福寿草

満作は枯葉の暇に咲き始む

満作のまづ咲く花といふ律儀

満作の花に香りのありやなし

裸木となりし欅の微塵の枝

裸木となりし欅の天へ立つ

上海の旧正月の年賀来る

橙の生るだけ生らせ寺静か

壁塗りの足場の取れて雪の庭

壁塗りの足場取られて寒明くる

阿波に雪眉山城山覆はるる

搦め手の道は坂道蕗の薹

江戸城の氷室跡なる蕗の薹

会席の白魚形ばかりかな

さより汲むとは人伝に聞くばかり

有り余る日差のあれどこの余寒

ビル風に忍び込みゐる余寒かな

うかと来し六甲山のこの余寒

うかと出て余寒の中に身を置きぬ

犬ふぐりゴッホの墓は畑の中

運針を男子もせし日針供養

紀の山の襞々にして残る雪

雁帰る一陣二陣三陣と

大空に竿をへの字に雁帰る

白魚漁誘うてくれし人の亡く

春探すミーアキャットの見張り番

襟巻にしたき狸のこの毛並

春隣麒麟の耳のよく動く

春寒し伴侶なき象なればなほ

春を待つ老ライオンの生欠伸

春を待つ麒麟大きく背伸びして

春の日の日溜に群れフラミンゴ

二〇一一年一月
年毎に増える家族やお年玉
初旅の日本橋にてオペラ観る
買初の三越に来て観るオペラ
買初の客にオペラのプレゼント

三越で聴くニューイヤーコンサート

買初の帰りちりめん持ち飛機に

初旅の飛機富士山も鷹も見て

常宿の心配りの薺粥

日当りに陣取ってゐる厚氷

朝の日のじぶじぶと照り薄氷

日当りに残る氷の桶にあり

薄氷に表面張力なるをふと

突っ張らず余生を生きむ薄氷
薄氷の張りゐる池の静寂かな
薄氷の突っ張り弛みゆく刹那
琉球に来て好きになり石蓴汁
波の間に波の間に掻く石蓴かな
浦の子の貝殻を持て石蓴掻く
余所者のアーサ汁好き石蓴好き
石蓴掻く能登外浦の波の間に
寒卵割って卵黄崩れざる
無農薬有精卵の寒卵
訪ふは我らのみなり寒の寺
日溜りに鉢植春を待つ御堂
本堂を後ろ盾とし日向ぼこ
真青なる空より舞ひて風花の
何処からか風花といふ舞ひ来たる
大綿のそれっきりなる行方かな
回廊の日溜りにゐて春を待つ
水道も仏の閼伽も凍りつく

縁側の日溜りにゐて春を待つ

冬晴れの富士の白さの極まれる

奥宮の寒灯ひとりでに点る

寒灯の空へ星へと続く祖谷

寒灯の星のやうなる祖谷の里

寒灯の一つに一つ物語

瓦斯灯のやうな寒灯丸の内

届きたる雲南産といふ椿

寒椿世話する人とせぬ人と

寒椿若木の花の瑞瑞し

宝前を我が物顔に寒鴉

宝前にしたり顔して寒鴉

皿に盛る牡丹のごとく猪の肉

猪鍋を牡丹鍋とはうなづけり

家族皆今年も元気猪の鍋

寄鍋に家族七人揃ひたる

新築の庫裏にやさしき冬日かな

山茶花の散り敷く庫裏の庭静か

南に傾ぎ蝋梅咲ける庭

蝋梅の花弁を透かしゆく日差し

寒鯉の鰭も尾鰭も静かなる

寒鯉の隠れ処に犇けり

牡丹の芽赤に違ひのありにけり