遠藤和良が詠んだ俳句のバックナンバー(2002年〜2006年)です。

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二〇〇六年十二月
初霜後キャベツ白菜甘くなる
初霜と言いし程なく消えにけり
凩や阿波の鳴門を吹き曝し
凩の西方よりぞ来たる阿波

柿簾ひたすら風を待ってゐる

ミレーモネダ・ヴィンチも見て冬うらら

搦手の跡の交番花八手

一歩二歩寄るほど淡し冬桜

山茶花のほかに花なき花の庭

ボンネットまで白菜の干されあり

寄鍋のあとの雑炊また美味し

結局は自己主張して鍋奉行

鯉の餌に陣組むごとく鴨のをり
寄鍋の五人が五人鍋奉行
寄鍋のあとの雑炊取り仕切る
大銀杏黄葉一葉も動かざる
樹上も樹下も銀杏黄葉かな
散り銀杏十重に二十重に形揃へ
生きるとはすさまじきこと大冬木
生きること銀杏黄葉の明るさよ
大銀杏散りて光の庭となる
落雷の跡もはっきり銀杏散る
ボーナスに縁なき歳となりにけり
年賀状書き終え届く訃報読む
「命」とや今年の一字火事多し
冬帽子隅に置かるる男物
外出に手放さず居り冬帽子
デパートの階ごと飾り聖樹かな
ぶつ切りの骨までしゃぶり鮟鱇鍋
雪吊の松それぞれにある形
雪吊を終えたる離宮鎮もりぬ
離宮にも野生の鴨の来てをりぬ
雪吊を終えたる松の気品かな
短日や隣の大工カナダ人
見覚えの他郷の藪の笹鳴ける
どこまでも続く野の道笹子鳴く
山頂の丸き空間笹子鳴く
笹子鳴き吟行衆の忍び足
奥院の裏の竹藪笹子鳴く
咳一つ宴の視線を集めたる
煙草やめ咳の一字を忘れをり
講釈師まづおもむろに咳払ひ
咳き込めど煙草離さず居て卒寿
葬送の列の後ろに咳き込める
冬濤に向き合ってゐる親不知
冬の海能登金剛の昼暗し
まがきまでしのつく飛沫冬の海
灯台のほかは漆黒冬の海
冬の海ただ海鳴のするばかり
芝枯れて古墳の丘の丸くなる
息白し眉山一周した日ふと
雑炊に一家言持つ子らとゐて
連泊の部屋の暖房してありぬ
二〇〇六年十一月
システィーナのマドンナも見て菊も見て
泡立草一本見えず大花野
欧州の旅の終りの山眠る
黄葉道ドナウに沿ひて曲がりをり

霧薄れ浮かぶ中世カレル橋

十字軍征きたる道の冬菜かな

冬耕の畑や風車のほとりまで

鬼瓦寺苑に置かれ石蕗の花

昨年もこの木この枝帰り花

蓑と笠掛けある茶室石蕗の花

冬ぬくし千両万両実の数多

帰り花息止め見れば増えにけり

梵鐘のよく鳴る日なり寺小春

文化の日甘茶振る舞ひ秘宝展
冬麗阿波法隆寺秘宝展
満月でなきをめでらる後の月
余生てふ言葉かみしめ後の月
神迎へ東京の空晴れ渡る
立冬の羽田に富士のシルエット
ぬばたまの闇の降り来て冬に入る
幸せは温かき風呂冬に入る
潮風を受けし蜜柑の甘さてふ
冬晴や天草五橋よく見えて
櫨紅葉越しに天草五橋かな
雲仙も天草も指呼冬の晴
五輪之書書きし洞窟実千両
菊花展城の櫓も塀も黒
清正の城を拝借菊花展
袴著の子等でにぎはふお城かな
鯉の餌に嘴容れる鴨家鴨
行くほどに木の実の径となりにけり
マロニエの実の音もなく降りにけり
ポツダムの歴史の街にゐて愁思
この谷戸を捨てず男等稲架作る
稲架日和農は継がぬと言ひし子の
檜葉紅葉山の半分赤みどり
土佐よりも色濃き阿波の冬紅葉
ひつじ田の緑黄緑薄緑
昨夜よりの雨にいよいよ櫨紅葉
枯れてなほ色の残れる藤袴
残る柿一つ一つを雨洗ふ
枯蔦のがんじがらめに山家の戸
塔中を抜け出て銀杏黄葉かな
大銀杏黄葉一気に舞ひ落ちぬ
栗の毬踏みしだかれて遍路道
落鮎の川に釣人らし案山子
投句箱置かれし茶屋や冬紅葉
秀衡も往き来し古道冬ざるる
近道はこごしき坂の散紅葉
親と子と孫の句碑守る大冬木
句碑守は茶屋のご亭主冬日差
虚子立子汀子の句碑や冬桜
払暁の露天の温泉石蕗黄なり
地の果ての断崖絶壁石蕗の花

弧を描く水平線や鳥渡る

海桐の実大断崖の空にあり

地の果ては海の始まり根釣人

陸果つる断崖ひよいと小鳥来る

絶壁に点々として石蕗の花

冬ぬくし南紀白浜アロエ咲く

日より濃し雨の洗ひし石蕗の花

玄関にブーゲンビリア冬の宿

冬の日のせはしき古道巡りかな

フェリー着く港暮れをり冬の旅

二〇〇六年十月
新米の飯に御根葉の一夜漬け
新米や一家団欒手巻鮨
御御御付酢橘一滴阿波の朝
御御御付茸山盛りなる山家

朝市の無花果小さくなる日毎

はやばやと桜紅葉の始まりぬ

秋霖の一と日でありぬけふも又

信濃より届く葡萄の甘さかな

完熟の香のして葡萄送らるる

新米を待ちてぼうぜの姿鮨

曲がるたび木犀の香に出会ふ路地

残る虫標高千の国境

踏み入れば邯鄲の声そこかしこ
邯鄲のそこはかとなき音色かな
邯鄲や高原の空澄み渡る
邯鄲や四国四県は山の国
逆光の尾花の原の銀の波
高原の稜線円し花芒
仮名手本遠くなりけり夢道の忌
遠き日の餡思ひ出す夢道の忌
秋耕の終りし畑に鷺烏
暮れてなほ秋耕の手の休まざる
坪庭に朝の来客小鳥来る
春眠にあらぬ秋眠小鳥鳴く
稲の株天地返しに秋耕す
稲の株もろとも鋤きて秋耕す
爽籟や阿波伊予土佐の国境
菊花展白鷺城を借り申し
自由とは自在なること秋晴るる
ブランデンブルクの門の秋澄みて
壁の無き広場ひろびろ秋うらら
壁を見し遠き日はるか秋うらら
壁を見し遠き日の宿紅葉して
終戦を議せし宮殿蔦紅葉
終戦を語りし芝の木の実かな
ポツダムにエルベの支流赤カンナ
アウトバーン花野の道の一直線
ラフアエロのマリアも菊の花壇も見
ドレスデン蘇る町菊薫る
ドレスデン昔を今に渡る鳥
二人して橡の実の道来て宿へ
踏み入りて木の実の道と知りにけり
水鳥の降りて小雨のエルベ川
ななかまど古都マイセンの田舎道
ドレスデン屋根裏部屋の冬日差
秋耕の終はりたる畑真つ平
スメタナもカフカも重し冬に入る
石畳濡らすプラハの小夜時雨
カフカゐし黄金の小路路地時雨
夕霧に中世をふとカレル橋
マント着て袖の触れ合ふカレル橋
行く秋やモノトーンなるプラハの夜
プラハからウィーンへの道霧深し

ウィーンの路上楽士や夕紅葉

ハプスブグ家の栄枯や木の葉舞ふ

降る木の実踏みて宮殿巡りけり

明け染めしドナウに鴨の小さき陣

鴨の棹朝のドナウを渡りけり

紅葉の道行く紳士淑女かな

古城訪ふウィーンの森の冬紅葉

逍遥のウィーンの森の錦かな

楽聖の像に且つ散る紅葉かな

かの第九生まれし里の冬日かな

シューベルト住みたる旧居紅葉して

十字軍行きし山道時雨けり

ウィーンよりブラチスラバの黄葉かな

古城より霧のドナウを眺めをり

秋晴れていよいよ青きドナウかな

古館這って温泉の蔦紅葉

これはまあブタペストにて尾花かな

乗船のドナウクルーズ冬北斗

大夜景ドナウクルーズ火の恋し

中欧の古都の小春のカフェテラス

短日や古都の店みな早仕舞

短日や古都行く人の影長し

二〇〇六年九月
仰向けにライオン寝たり秋高し
象と象水かけ合うて秋暑し
空の青雲の白さや海紅豆
象の前枯れ始めをりいぼむしり

水の辺の秋始まりぬフラミンゴ

琉球のあの日あの人デイゴの花

人工の砂浜に来て浜の鴫

稲実る田毎田毎にある遅速

稲を刈る田毎田毎の収穫機

海桐の実こぼるるばかり安宅関

千代の忌に藤袴持ち来たる人

千代尼塚花野の花の手桶かな

白萩や加賀の千代女といひし人
師と弟子の八角堂に萩の花
桐の実や蔭に小さき虚子の句碑
虚子の句碑すでに苔むしちちろ虫
仰向けに寝そべる座敷藤袴
朝明けて見れば一湾牡蠣のひび
行く秋やお手玉並ぶ朝の市
此れやこの秋の輪島の蒸鮑
浜茄子は実に千里浜の海荒れて
浜茄子の残れる花の淡さかな
鴫の居る千里浜走り抜けにけり
東尋坊そそり立つ句碑鉦叩
東尋坊波濤を沖につづれさせ
耕運機掘り出す虫を追ひ小鷺
収穫の終りたる野の蕎麦の花
二重巻きして秘め事を落し文
草叢に瑠璃のこぼるる蛍草
枯れてなほ蟷螂の食してゐたり
崖覆ひ尽せし葛の小さき花
うかうかと開けずにありて落し文
論じをり芋虫頭どちらなる
毒茸我が物顔にありにけり
熊蝉の亡骸凛と枝にあり
信濃より玉蜀黍の届きけり
玉蜀黍何はさておき茹で上げる
稲を刈る瑞穂の国の稲を刈る
秋高し千三百キロのホ句の旅
霜に書くへへののもへじすぐ消へる
それぞれの花梨にありし歪かな
秋彼岸妻に逝かれし恩師訪ふ
鳶百羽阿波の伊島の天高し
秋風に乗りたる鳶の高さかな
秋天へ白き灯台そそり立つ
鶺鴒のあとついてゆく島の径
釣るまいと思へど釣れる鰯かな
湯の如く湧き出る鰯又鰯
同窓会少年となり鰯釣る
灯台とこの宿だけや夜なべの灯
雑魚寝して四方山話する夜長
阿波公方栄枯の跡地曼珠沙華
妹負ひし小さき姉や秋暮るる
二〇〇六年八月
朝まだき命尽くして蝉時雨
蝉時雨大手門より始まりぬ
東京に着きていきなり法師蝉
老夫婦肩寄せ合ひて藤袴

書を読みて考える人法師蝉

寒蝉の鳴きてやさしき日差かな

すでにして夕風夜風法師蝉

息継ぎてあと一気なる法師蝉

丸の内街路樹殊に法師蝉

武蔵野の如くに御苑法師蝉

行きよりも帰りの道の法師蝉

阿波踊クルージングの船飛鳥

踊り込む豪華客船横付けて

港まで客を出迎え阿波踊

母からの鷺草ですと嫁来る

鷺草にしばし雑事を忘れけり

玄関に鷺草の鉢置きにけり

笛と三味調子合はせて宵踊

桟敷まで身振り手振りの阿波踊

阿波踊手真似足真似俄か連

よしこのの名手は白寿阿波踊

よしこののときは静かに阿波踊

蝉時雨押しのけ野外ライブかな

かなかなや野外のライブ今終る

初孫を父母に披露の墓参かな

子も孫もひ孫も揃ひ墓参かな

大原女生みし里なり心太

三千院茶屋に一服心太

心太寂光院に小半時

番小屋の如き茶屋あり心太

常滑に窯巡りして天高し

土管坂越えていただく心太

芥子酢のほどよき加減心太

帰省子ら帰り我が家の広くなる

子ら帰り元の暮らしに星月夜

釣瓶井戸ありし昔の西瓜ふと

二人して抱へる黒部西瓜かな

カルパチアはるかなる道大西瓜

包丁に触るなり割れて大西瓜

刳り貫きて味見させたる西瓜売

子駱駝の瘤と西瓜を見比べて

大西瓜冷やし待ちゐし母のこと

水路てふ水路に西瓜郡上かな

まづ子から母はあとから西瓜食ぶ

一株に一つの西瓜西瓜園

矍鑠の日々でありたし凌霄花

星月夜冥王星は何処なる

はやばやと一風呂浴びて夜の秋

酒を子と酌み交はしゐる夜の秋

新涼に薪能なる宴かな

火を入れて能の世界となる夜長

虫時雨野外の能の宴のあと

道をしへ本堂遠くなるばかり

聞くほどに蝉ことごとく法師蝉

黒揚羽奈落の闇へ消えにけり

省略も正調もあり法師蝉

仰ぎ見る生姜の花の高さかな

よく見れば水引の花あちこちに

二〇〇六年七月
迫り出して滴る眉山モラエス忌
モラエス忌煉瓦の路地の白日傘
モラエスの旧居この辺濃紫陽花
望郷のモラエスの像夏燕

リスボンは遠し遠しとモラエス忌

ポルトガルワイン今年もモラエス忌

地球儀を回し回してモラエス忌

木洩れ日に色増しにけり額の花

色濃くて真昼の池にあさざの黄

捩花の蜜吸ふ蜂の反身かな

文字摺の花の右巻き左巻き

改めて見れば捩花こんなにも

揺れ戻ること速かりき捩花
文字摺の次々揺れて皆揺るる
葉先なほ染め残しゐて半夏生
戻り来て確めにけり花桔梗
峡の奥静かな小池羊草
上臈の入水伝説滝しぶき
上臈の身投げの滝の小さき淵
雨傘の日傘となりぬ帰り道
子らと来し公園けふは沙羅の花
遠き日の白い背広に白い靴
エナメルの白靴すべて尖りをり
白靴を履きて背筋の伸びにけり
白靴の二人スキツプして乙女
鮒鮨や食はづ嫌ひにあらねども
鮒鮨を食はむと滋賀へまかりけり
駅弁の鱒鮨旅の手土産に
向日葵やゴツホの墓の畑広し
向日葵の向きそれぞれでありにけり
向日葵の空ひろびろと白き月
実のなる木多き旧家の夏屋敷
風鈴や二層に卯建上がる町
卯建から卯建へと四手夏祭
開け放つ庄屋の屋敷青田風
端居して花梨の数を数えをり
白壁の卯建の町をひからかさ
式台を要に広し夏館
まづ背越頼む大人となりしかな
鮎雑炊今年は家族一人増え
目の前の浮巣にひよいと鳰帰る
抱卵といふは辛抱鳰浮巣
鳰乗りて浮巣の水の引き締まる
抱卵の鳰も浮巣も動かざる
抱卵の浮巣に鳰の瞬かず
抱卵の鳰の泰然自若かな
鳰巣立ち浮巣の水面弛みをり
風吹いていよよ虚ろに浮巣かな
高原に美術館あり雲の峰
蓼科の山より対し雲の峰
蓼科のビーナスライン雲の峰
三方はアルプスなりし雲の峰
七月や二本伸びたる飛行雲
伊勢志摩の海に遊びて雲の峰
日焼して日焼止めとはいまさらな
エーゲ海クルーズの人みな日焼
城山は原生の森蝉時雨
城山を乗つ取りたるか蝉時雨
忠魂碑大緑陰の真ん中に
源五郎螺旋描きて潜りけり
札所への長き山道合歓の花
結界に奈落ありけり蟻地獄
降臨の杉高かりし赤とんぼ

青きまま落ちし菩提子たなごころ

額の花瑠璃をこぼして散りにけり

全円に堂宇の真下蟻地獄

二〇〇六年六月
浜茄子の花逸り咲く御苑かな
犇めける皐月の花の小ささよ
一番花皆が眺め菖蒲園
繍綿菊にペルシャの花の刺繍ふと

紫陽花のはじめの鞠は薄緑

十薬や木陰にこぼる白々と

胡瓜もみ男の料理出来上がる

片陰を選びて歩く男かな

香水を噴き背筋を伸ばしゐる

夏帽子数少なくて男物

山法師重なる白の白さかな

山法師白の重みに耐えてゐる

こぼれゐて今またこぼる花樗

さらさららほろほろほろり樗散る

眼の下に野外劇場ほととぎす

噴水の天辺の時ゆるやかに

一巡し元の紫紺へ菖蒲園

日を浴びていよいよと朱の皐月かな

紫の中のむらさき花菖蒲

雨滴みな弾ける花の菖蒲園

水落とし本番となる菖蒲の田

晴天となりて艶増す菖蒲かな

一つ揺れ次々揺れて花菖蒲

紫は古の色菖蒲咲く

紫は晴れを呼ぶ色菖蒲垂る

皐月咲く御苑広場を乳母車

十薬の丈高けれど小さき花

卯の花の名残の白を見てをりぬ

入梅に土砂降りと言ふ日もありぬ

明易や新聞数紙完読す

明易やカーテン越しの日の光

明易やテレビニュースを二度三度

手水鉢終の棲家の目高かな

この甕の世界にこもりゐる目高

茅花長け竪穴住居奥静か

人麿の詠みたる奥社ほととぎす

木下闇抜けて石磴終はりけり

卑弥呼なる人は知らねど夏帽子

老鶯を古代の邑で聞きにけり

楊梅の空を仰ぎて磴登る

楊梅の太き根に磴たじたじと

この辺り古墳二百余ほととぎす

縄文も弥生もけふもほととぎす

古代阿波生まれし地なりほととぎす

道迷ひ蜜柑の花の香の中に

養蜂の家を訪ねて花蜜柑

どの道を来ても蜜柑の花の道

葦原の葦を頼りの浮巣かな

番ひ鳰浮巣の出来を確かめむ

番去りあとに浮巣のあるばかり

鵯の雛天辺にあり口大き

野鳥園青鷺一羽見張り番

頬白や一筆啓上仕り

梅雨晴間鵜も羽根干してをりにけり

この時期のこの川が好き鮎雑炊

まだ小振り詫びて始まる鮎料理

家族皆今年も又来て鮎料理

青竹に背越膾の鮎を盛る

解禁日訪ねて鮎のフルコース

古の高床住居芝青し

青芝の丘に竪穴住居かな

文字摺りの置きし雨滴も捩れをり

古の来し方思ふ草清水

滲み出すことに始まる草清水

ちよろちよろでいいよ涸れずば草清水

あめんぼう一直線に遁走す

見下ろして泰山木の花数ふ

脈々と生々流転草清水

雨降りてけふはお休み雨蛙

東欧の古都の朝市さくらんぼ

さくらんぼ佐藤錦を少し買ふ

二〇〇六年五月
余り苗田毎田毎の堰にあり
へなへなとして居てこれが早苗かな
田の水に溺れてをりぬ早苗かな
朝掘りの筍三つ提げて来る

猪のこと聞ゐて筍いただきぬ

筍を煮るに大鍋まかり出し

家中に筍飯の香りかな

城山の城址殊に落椿

石垣は阿波の青石花水木

ベルギーの花の市ふと群躑躅

湯上りの赤子の肌や柿若葉

走るてふ若さありけり若葉風

緋毛氈その幅に敷き花御堂
鎌倉は寺多き町花まつり
寿福寺に虚子をしのべる花御堂
子ら帰り元の静けさ藤の花
美術館夜間延長けふ立夏
雨止みて新緑いよよときめけり
凛として立てる紫あやめ草
池に影映し紫かきつばた
昇竜となり老幹に藤の花
どう見ても梅とは見えず車輪梅
天辺の殊更白し花水木
銀鱗に鮎の遡上を確かめぬ
稚鮎食ぶ外魚一網打尽せる
川の縁川の縁擦り上る鮎
魚梯へと銀鱗光らせて稚鮎
流されて流されつつも上る鮎
稚鮎食ぶ大魚野晒しされてゐし
遡上せる鮎は見えねど鵜と鷺は
目に残るマーガレットの白さかな
赤煉瓦新樹明かりによく映えて
はやばやと青田ひろびろ土佐に入る
甘藷苗山積みにして土佐の市
筍も蒟蒻寿司も土佐の市
野の市に大山蓮華土佐らしく
塩漬けのすかんぽ並ぶ土佐の市
民権を生みし土地なり土佐水木
追手門くぐり樗の花の道
在りし日の自由は死せず土佐水木
退助の像の脇まで五月晴
樟若葉して千代の像浮かび出づ
雨模様水田掠めつばくらめ
柏餅売れて粽の残りをり
遠き日の遠き思ひ出粽剥く
マロニエのパリの街ふと橡の花
橡の花ローテンブルク今昔
家中を引っ繰り返し更衣
捨つること今年も出来ず更衣
更衣いきなり白で決めてみる
干し物の満艦飾や更衣
デパートのどの階もみな更衣
更衣帽子も靴も靴下も
床屋まで混み合ふてゐる更衣
せせらぎの岩の河鹿の動かざる
目くじらを立ててゐるよな河鹿の目
目の前の河鹿の鳴くを待つてゐる
せせらぎの音より澄みて河鹿笛
河鹿鳴き止みて瀬音の高くなる
仰ぎ見て満開と知るえごの花
筧より垂るる雫や花卯木
天日をいよいよ浴びて柿若葉

白壁の出雲街道つばくらめ

美作の酒屋の土蔵つばめの巣

寅さんの最後のロケ地つばくらめ

隣組一八活ける郷土館

蒜山のいつか来た道橡の花

蒜山の朝すでにして揚雲雀

牧場に群れ咲くマーガレットかな

高原の今盛りなるななかまど

高原の朝の光に山法師

ひこばえや親子遍路を詠みし句碑

句碑守の泰山木の花待てる

封をしてどんな秘め事落し文

松蝉のひとしきり鳴き巨草句碑

紀の海の見ゆる山頂つばくらめ

山頂の句碑守なるかほととぎす

ほほとぎす又又鳴きて又鳴きて

赤よりも黄色が好きで薔薇の花

飛び越えて行く時もありあめんぼう

二〇〇六年四月
遍路道大きく離れ徒歩遍路
句友より和綴じの句集春麗
咲くほどに枝垂れて枝垂桜かな
順番に咲くとふありて桜咲く

きのふよりけふの紅好き桜咲く

木蓮のカタカナのごと散りにけり

春眠の耳に小鳥の調かな

剪定の終わりし枝の花つぼみ

白に白連ねて真白梨の花

大空を独り占めして揚雲雀

春雷に筆止まりたる句会かな

大方は長けてをりたる土筆摘む

つくづくし男の作る酢味噌和え

春嵐止みてあふるる日の光
今年またあの日と同じ花の下
約束すこの日と同じ花の下
一つ咲き牡丹祭の始まりぬ
何事もなきが如くに桜散る
桜散る遅速といふがありにけり
参道を僧登り来る桜散る
登り来て茶屋で一服花の雲
鎌倉の花の山又花の山
こぼれ来し花びら一つ虚子の墓
虚子の墓立子の墓と春の蝶
曇天となりて紅差す桜かな
洋花の混じつてをりぬ花御堂
釈迦仏も杓も小振りや花御堂
釈迦生まれ虚子逝く日なり花御堂
なみなみと注がれし甘茶もてあます
梅桜揃ひ咲きてふ虚子忌かな
寿福寺に栗鼠の来てゐる虚子忌かな
広太郎と栗鼠を見てゐる虚子忌かな
虚子の墓参り礼さる虚子忌かな
麗人に会釈されたる虚子忌かな
真打の舞台となりぬ八重桜
花蘇枋濡らす小雨でありにけり
雨の日の雨色含み花海棠
雪柳眺め疲れを忘れをり
山吹の圧倒さるる黄色かな
鎌倉の蕎麦の老舗の蕨餅
あつさりのあとこつてりと蕨餅
餅らしき粘りほどよき蕨餅
手作りの甘さを控え桜餅
手作りの少し大きめ桜餅
桜餅いただくけふの句会かな
一巡し元の牡丹に佇めり
五分咲ひて見頃といふも牡丹かな
牡丹寺即売場も混み合ひて
年寄りてなほ童顔のチューリップ
直立の色の多彩にチューリップ
原色の行進のごとチューリップ
花屑の溜まり場にして金丸座

花屑の道の果てなる金丸座

鼠木戸頭を下げて入る花の冷
勘平もおかるもいとし八重桜
芝居はね帰るさぬき路風光る
残る鴨独り占めしてゐるプール
水張ればはや来てをりぬ通し鴨
巣作りの燕うれしや過疎の村

菜の花のなほ盛りなる山家かな

つばくらめ枝垂れ柳を斜交ひに

つばくらめ温泉の町に逗留す

満天星の花煌めける空の青

美濃田なる淵の藍濃し岩躑躅

虚子立子墓参の道の春日傘

春日傘和服の人に会釈され

籾の灰まぶし苗代出来上がる

大振りの蓬餅出て野の札所

無縁墓天保の文字金鳳花

いろは順寄進の碑銘金鳳花

草刈つて土手たんぽぽの原となる

かがみ見る十二単のすみれ色

揚雲雀落雲雀又揚雲雀

雲雀野の真ん中の森札所かな

二〇〇六年三月
春立つ日川面に踊る光かな
きらきららきらりきらきら春立ぬ
ゲルマンの古都の花屋の猫柳
触れてみて又触れてみる猫柳

北風へ向ふ一歩の前のめり

白球を追ふ子らまぶし日脚伸ぶ

校庭にはずむ歓声日脚伸ぶ

小流れに沿ひて点々蕗の薹

せせらぎの真ん中の岩蕗の薹

梅林を一回りして初音聞く

段畑の石垣高し野水仙

せせらぎは琴の調を花山葵

梅林の果てし流れや花山葵

山茱萸を活けて寺苑の句会かな

句会場山茱萸活けてありにけり

まだ蕾なれど紅梅紅ほのか

君子蘭咲き初む朝の金メダル

君子蘭咲いて明るき居間となる

山の湯の帰途の道々残る雪

残る雪半分はもう氷かな

大方は泥にまみれて残る雪

影といふ地名のありて残る雪

薔薇の芽のなべて紅差すあしたかな

紅梅の花の蕾のまろさかな

梅の香を独り占めしてゐる至福

梅の香を運びし風のありにけり

紅白の梅にておしべ黄金色

会釈して知らぬ同士の梅見かな

しだれ梅しだれて春の雪しまく

山茱萸の花の明かりの狭庭かな

築山のふもとの水辺黄水仙

沈丁花咲いて水際静かなり

散らばりて又固まりていぬふぐり

しだれ梅身じろぎもせず側に人

消防のヘリも出動枯野焼く

野次馬に火の粉降り来る野焼かな

天花粉まはせるごとく春の雪

風吹かば風に消されて春の雪

山々に濃淡のあり春の雪

つかのまの雪明りして春の雪

天辺はもう解けてゐる春の雪

渋滞の列の尾にゐて春の雪

超多忙交通巡査春の雪

始発便空席目立つ春の雪

白酒や竹の徳利に竹の杯

白酒をつい過ごしたる嬉しき日

茎立ちの花を束ねて朝の市

茎立ちて野菜の畑の花畑

耕せし土ほのぼのと山笑ふ

奥谷戸に日差し届きて山笑ふ

蜂須賀の花のほどよき色加減

蜂須賀の昔を今の花見かな

蜂須賀の殿の形見の桜咲く

茶を立てて桜一本皆で観る

灯の入りていよよ艶ます桜かな

オリオンの三ツ星下の花の宴

夜桜の真上にありしオリオン座

早咲きといふ嬉しさの花見かな

バチカンに植えし蜂須賀桜ふと

鴨帰り川面波紋のあるばかり

広き川我が物顔に残る鴨

我が植えし蜂須賀桜咲ける朝

うつ伏せの又仰向けの落椿

石段は阿波の青石落椿

木蓮は先の先までまだ蕾

雨の日の木蓮の白ほんのりと

一雨に薔薇の芽すくと伸びにけり

茎も葉も朱勝ちと云へり春の薔薇

城山に登る裏道花山葵

二〇〇六年二月
初旅に上野のパンダ見て居たる
バイエルに戻りピアノの寒稽古
寒灯の煉瓦の街の靴の音
白といふ色のはかなさ冬桜

塁跡の内は風なき野水仙

境内の日溜りにゐて水仙花

鴨飛来二陣三陣続きたる

笹鳴に戻りてみれどそれつきり

鴨飛べり一直線に伸びし首

天空に鳶を貼り付け北下し

木守柿雪置きて紅差せること

色と香をまづいただきてあをさ汁

灯籠に灯を入れ茶屋の雪見かな

舌焦がす甘酒もあり雪見酒

ピラカンサの赤の極まる今朝の雪

一輪といえど蝋梅匂ひ来し

冬北斗折れ曲がりをり通夜終はる

遺骨抱き雪の道又雪の道

葬送の武蔵野の道雪の富士

やはらかき光遊ばせ春の川

蝋梅の花よ蕾よ空の青

八角の堂の裏なる寒の梅

梅二三輪の彩り遍路道

葉を抜けて紅競ひたる実南天

一歩づつ蝋梅の香に近づきぬ

大方は未だ蕾の梅見かな

探梅や同じところを二度三度

送別の言葉の途切れ梅の花

送別の宴終はりけり梅の花

送る人送らるる人梅の花

ニン月に転勤といふ宮仕え

日当たりて蝋梅いよよ膨らめる

蝋梅の花花花と咲きにけり

探梅の後の味噌汁うまかりし

立春の四国三郎煌めけり

淡路見ゆ丘に満作ほころびて

蝋梅の花の香りのまろさかな

蝋梅の花見といふをいたしをり

吟行にマスクが二三春の風邪

門閉じてがらんどうなり春の風邪

マスクしてマスクに会釈春の風邪

けふはだだ泣きゐるばかり恋の猫
春節は日本に帰り寝正月
教えられ旧正月と知りにけり
東京に青き海あり海苔のひび
舟の道一筋残し海苔のひび
満作の黄の散らばれる空真青
日溜りを教えてをりぬ梅の花
三椏の花の先なる一滴
真紅なるこの実何の実梅もどき
梅祭幟一杯花一輪
老木を貫く生命梅の花
鉢植えは樹齢百年梅祭
本堂に鉢植えずらり梅祭
着膨れに占領されしバスの席
菱形にひしやげてゆきし霜柱
霜柱踏んで子供になつてをり
ガリバーの如きわが影日脚伸ぶ
ぢつと待つことも知らねば梅蕾

天めざす蕾ばかりや梅の花

日当りてぱつと咲きたる梅の花

老ひし木の間に若木梅の園

日当りてにはかに増えし梅の花

老梅にみなぎる生命開花の日

チヨコ三つ机上にバレンタインの日

ベルギーの旅ふとバレンタインの日

日当りの席より埋まる二月かな

二〇〇六年一月
雑炊や終はりよければ全てよく
雑炊のために蟹鍋作りけり
行儀よく雑炊待てる男かな
雑炊を作る手際に見とれをり

値上れる苺のニュースけふ聖夜

特設のケーキ売り場やけふ聖夜

音澄める北極圏のクリスマス

夜長き北の都のクリスマス

病院の各階にある聖樹かな

昼間から灯のつくツリーけふ聖夜

門松の位置に聖樹を置く蕎麦屋

青首のぶるぶるぶると飛び立てり

番かもつかず離れず飛びし鴨

鴨立てりぶつかりそうでぶつからず

鴨飛べる空大きかり大きかり

鴨浮寝我も転寝土手小春

潜りたる位置よりはるかかいつぶり

餅つきの息の合ひたる速さかな

ポインセチア赤の溢るるロビーかな

どうしても足早となる年の暮

ぶつかつて着膨れ同士南京路

上海は赤の光の好きな街

初詣右も左も家族連れ

姪来り結婚の報初日かな

一族の来訪続き二日早や

客帰りいよよ内輪の新年会

ワインありビール屠蘇あり三が日

熱燗を差して差されてゐる親子

遠きより帰りたる子とまづ雑煮

全快の様子こまごま年賀状

年賀状眺め一日暮れにけり

真白なる紀伊の山越へ初旅に

初旅の山河ひときは澄みにけり

仰け反つて勢ひつけてかいつぶり

塔守にまかり出でたる初鴉

鷺鴎追ひ出してゐる鴨の陣

鳰潜り銀色となる羽毛かな

鳰潜る水蹴る足の忙しく

不忍の池乗つ取りて鴨の陣

振り返り見れば大綿消えてをり

綿虫の舞へる水辺の屋台かな

寒灯の煉瓦の歩道行きし人

寒灯の馬車道二人肩寄せて

寒灯のひときは赤き夜半かな

吹き抜けのロビーに咲きし餅の花

寒稽古せんとゴルフに誘わるる

煮凝りの敬遠される寒さかな

煮凝りを作らんとせず煮凝れる

初場所の新大関の大一番

買初めの日本橋までまかりけり

饂飩屋の二階は静か初句会

健康といふありがたさ初句会

初句会少し早めに終わりけり

新年会顔ぶれ少し変わりをり

大方はスピーチ聞かず新年会

新年会人気は鮨と祖谷の蕎麦

三度目の賀詞棒読みし新年会

二〇〇五年十二月
石庭の紅葉いよいよ色極め
ドイツ兵架けたる橋に冬日かな
大麻へ登る山道紅葉道
一山を染め尽したる紅葉かな

綿虫の群れゐる時の白がすり

赤ん坊抱き上ぐるごと蓮根掘る

思案石なる石の上紅葉散る

天へ咲く山茶花の白ほの青し

草虱ありし野にありゐのこづち

二度咲きの花二三寸藤袴

踏みし音木の実と知りぬ歩きけり

一人来て木の実の道を歩きけり

視野溢る四国三郎冬麗

冬霞阿波の山々やさしかり

丘に立ち眼の下見れば街師走

山茶花の白の際立つ日陰かな

議事堂に桜紅葉の二三片

閉会の議事堂眠り銀杏散る

振り返り見てもさびしき冬桜

ガス灯を真似し街灯枯柳

波一つなき海原の冬日かな

粕汁を食ひて越へたる親不知

鴨の陣四国三郎占領す

鴨の陣匍匐前進する如く

風吹けどひるむことなき鴨の胸

船着きて関東焚に迎へらる

大鍋におでんひしめき客待てり

うどん屋にまづはおでんといふ讃岐

おでんなら竹輪麩といふ東京つ子

遠き日の加賀の金沢蟹おでん

踊る水跳ねる水にも冬日かな

日の翳り数を増したる浮寝鳥

外苑の堀の水面の冬紅葉

黄葉照葉天辺までも黄葉照葉

石垣を取り囲みたる冬紅葉

儀典馬車朝の演習息真白

どの道も山茶花の道今朝の道

大雪の東京の空真青なる

東京の夜景を下に忘年会

吟行は手袋忘ることなかれ

失える手袋片手吊しあり

一年のはや終はりけり年賀状

一年の過ぎにし速さ年賀状

年毎に過ぎ行く速さ年賀状

川風に流されてゐる鴨の陣

振り返り見れば初雪音もなく

初雪に閉ぢ込められてゐる淡路

初雪に閉ぢ込められてしまひけり

列島に寒気団阿波に初雪

雪ちらり散歩やめよかどうしよう

大雪の金沢からの蕪鮨

年忘米寿のをみな恋の歌

街の灯の残りてをりぬ冬の朝

遠き日の鱈の粕汁親不知

電飾の並木の増へて街師走

焚火して待ちゐてくれし里の人

裸木に垂るる滴や冬の雨

冬の雨もう風花となつてゐる

目を凝らし探せど見へぬ笹子かな

笹鳴ける一叢確かこのあたり

大麻へ続く野の道笹子鳴く

みちのくの林檎の何と冷たかり

オペラ観て我も雪降る街帰る

阿波の雪紅葉とともに散りにけり

雪置ける千両の赤ことのほか

退職の日の決まりたる年の暮

このところ逝く人ばかり年の暮

かいつぶり潜りし水面平らなり

鳰潜る後から尻の付いてゆく

熱燗のほどよき蕎麦の老舗かな

二〇〇五年十一月

風の後まだ揺れてゐる萩の花

紅葉の里静けさの中にあり

安穏といふ幸せや柿実る

半分はいまだ蕾や菊人形

揃ひ咲くこと難しき菊人形

裏表にて明と暗菊人形

時計なき世界なるかな村祭

ゆるやかな時の流れや村祭

石段を避けて御出座秋の渡御

日溜りに里人あふれ秋祭

新規なるものは無けれど秋祭

段取りのゆるゆるとして秋祭

指図せずとも進みたる秋祭

秋祭裏方の白割烹着

秋祭男と子供ばかりかな

青竹の幟先立て村祭

秋祭山車手作りでありにけり

少子化で秋の御輿に車輪つき

朝市に味噌焼く香り秋晴るる

咲き始む泡立ち草の萌黄色

先付は甘露煮にせる子持ち鮎

松茸の吸物酢橘浮かべあり

秋鮭に栗と零余子と酢橘かな

蕪を煮て蟹の餡かけなどをして

白芋茎もつてのほかも添へてあり

柿ゼリー出て会席の終はりけり

沿線はどこも泡立ち草の花

鴨の陣たちまち出来て桂川

城跡のひろびろとして菊花展

鉢植の揃ひて咲ける小菊かな

懸崖の菊は孔雀の羽の如

白鷺の城の白壁薄紅葉

見上げゐる五層の天守秋高し

江戸初期のままの姿の城の秋

秋うらら世界遺産の城にゐる

千両の道をたどりて茶席かな

庭園の奥の奥まで実千両

千両は真つ赤万両まだ緑

千両の揺れ誘ひたる昼の鐘

縁側の日溜りにゐて帰り花

山茶花の一輪咲ける裏の庭

灯篭の隣の石蕗の花明かり

暮れ始む雨の御苑の石蕗の花

銀杏を拾ひ過ぎたり何としよう

銀杏を拾ひ土産のできあがる

大銀杏諸肌脱ぎて冬に入る

大銀杏大円描く落葉かな

立冬といへど上着を脱ぐ日和

紅葉に誘はれ皇居一周す

美術館出て紅葉の道帰る

一葉ごと違ふ色なる照葉かな

一葉ごと光の遊ぶ照葉かな

冬夕焼羽田に富士を浮かばせて

北斎展見た日の富士の冬夕焼

特賞の他の賞なき菊花展

子よりも親のいそいそ七五三

畝傍山桜紅葉に昼の月

鴨群れて食パン一斤瞬く間

振り返る人はなけれど残る萩

干柿の先付てふも明日香かな

吸物は鯛と蕪に柚子添へて

明日香路は野菜尽しの鍋料理

目の前に大和三山柿の秋

最古てふ飛鳥寺に来て破れ傘

一袋二百円也柿の里

百円で枝付三個柿の里

木の実落つ小径登りて畝傍山

まほろばの古都に旅して小夜時雨

古の歴史の舞台初時雨

蘇我入鹿思ふ一夜の初時雨

明日香路を巡りし夜の初時雨

案山子まだ残る棚田の初時雨

一年の終はりし棚田柿実る

小春日の飛鳥の石の遺跡かな

法隆寺日溜りの庭帰り花

夢殿へ続く桜の紅葉かな

法隆寺円き柱に冬日かな

八角の御堂のやさし冬日影

短日や明日香のガイド早仕舞

室の花遠き国より売られ来し

日曜日家族揃ひておでんかな

城の堀水清くして柳枯る

鴨の陣たちまち出来て名田の関

一叢の緑ありけり破れ傘

柿日和落柿舎に来て柿見上ぐ

この柿を芭蕉去来も見たるかな

尋ね来し嵯峨の落柿舎柿の秋

振り返りまた振り返り紅葉狩

水面まで紅葉の世界広がりぬ

秀頼の自刃の場てふ石蕗の花

搦手の石垣の下花八手

大手門くぐりて菊の香の中に

太閤に見せたき紅葉錦かな

城内の茶屋で一服冬うらら

二〇〇五年十月

新蕎麦の蕎麦湯お代り致しけり
川風のよくよく吹いて蕎麦の花
蕎麦の花咲く多摩川の河川敷
紅白の水引咲くや山の宿
女郎花玄関に咲く山の宿
白式部紫式部相並び
紫に古思ふ式部の実
紫に濃淡のあり式部の実
コスモスや田楽販ぐ蒟蒻屋
豆腐買ひ歩いて帰る女郎花
紅一点峡も奥なる曼珠沙華
頬白の庭に来てゐる朝まだき
韓国の松茸山と積まれをり
千葉産の落花生買ひ茹で上げる
パリで見し真つ赤に爆ぜて石榴の実
はやばやとニュースキャスター赤い羽根
駅頭に女子高生の赤い羽根
西瓜売る場所に冬瓜南瓜かな
滝を見て秋海棠の道帰る
雨止みし庭の一隅玉簾
光陰の過ぎ行く速さ金木犀
東京に村ありて水引の花
宵闇に秋明菊の花明かり
暗闇に金木犀の香りかな
名園のよき茶所の藤袴
抜け駆けて始まつてゐる櫨紅葉
拾ひたる橡の実二つ手の平に
木犀の香のなかにあり虚子の墓
木犀の大樹の香り虚子の墓

鎌倉の茶屋に一輪時鳥草

園児より親の賑やか運動会

秋桜倒れて起きて咲きにけり

渡る鷹けふは見られず帰り花
今年また鳴門こんなに帰り花
海峡の水面すれすれ鵯渡る
鵯の群れ見下す高さ秋の蝶
山雀の餌を選び取る速さかな
秋晴れの庭に散髪終はりたる
雲一つなき空広し秋晴るる
大仏に供へ林檎の小さくなる
風止めど萩の揺れゐる静寂かな
朱色なる堂宇に桜薄紅葉
切られたる角押し付けて老いし鹿
大仏のまします伽藍残る萩
鹿笛をよく聞く日なり古都にあり
落とされし角あと瘤の如きかな
常夜灯積もりし苔に秋時雨
小鹿のこのこ大鹿のそり煎餅屋
鹿のまりすぐに片付け煎餅屋
猿沢の衣掛柳紅ほのか
桜紅葉始まつてゐる浮御堂
古都の路地アメリカ産の水木に実
苔むせし芭蕉の句碑や角切場
芭蕉句碑守る若木も薄紅葉
鹿苑は鹿の溜り場角切る日
玉砂利を踏み締めて行く角切場
青信号鹿も一緒に渡りたる
大和路は柿の里また柿の里
家毎に菊を咲かせて飛騨の国
高山の古き町並み菊明かり
外つ国の朝顔花を咲かす路地
高山の上三之町菊香る
紅葉の前線間近飛騨の里
大藁屋すつぽり桜紅葉かな
次の鐘待つ静寂あり藤袴
刺し子する人動かざり柿熟るる
朝市に並ぶ赤蕪すぐ売れる
飛騨之国高山陣屋秋珊瑚
木の実落つ道の果てなる樵の家
一刀彫見て帰る道時鳥草
動かざる時は束の間花薄
朝市の赤い大根と赤い蕪

朴葉味噌焼きて奥飛騨夜の秋

合掌の大屋根の上秋晴れて

二〇〇五年九月

無花果の旬が嫁より届きたる

無花果の味のひかえめなりしかな
デザートはいつも無花果このところ
梨送り無花果届き嫁姑
わつと来てわつと去りたる稲雀
電線といふ電線に稲雀
稲実る黄金の田の十重二十重
列なして急ぐ鴉や秋暮るる
鷺雀燕椋鳥野辺の秋

正座して鮎雑炊の客となる

箸休め芋茎の酢味噌和の出て

落ち鮎の鼻の少々曲がりをり

川痩せてゐるかも鮎の小振なり

台風の前の静けさ花芙蓉

新しきこと始めたし竹の春

法師蝉一声鳴きてそれつきり

山萩の大きく垂れて雨滴かな

曲線のいびつなるかな花梨の実

吾亦紅ドライフラワーかと思ふ

皇居にて盗人萩に出会ひけり

紫を絞りたるごとほたる草

雨滴にも紫ほたるぶくろかな

白てふも凛たる白や白式部

女郎花男郎花また女郎花

禁足となりて夜食の届きけり
寝台車まずはともあれ夜食かな
夜食とは即席麺の日の遠く
飛行機の夜食おにぎり二つ出て
夜食にも和洋中ある都市ホテル
太刀魚の一尾も釣れず夜明かな
とろ箱に太刀魚の銀残りをり
太刀魚の歯よりこぼれし小魚かな
上弦の月ののぼりぬ破れ蓮
敗荷の田ひろびろと宵の月
蓮根掘る一つ抜き出しまた一つ
出産の予定日も過ぎ秋暑し
はやばやと減量カルテ届く秋
昼食のカロリー表に見入る秋
女の子生まれしの声爽やかに
母子ともに健やかと聞き秋うらら
初孫の写真の届く良夜かな
孫できてワインの進む夜長かな
湿原に静けさ戻りおみなへし
細き身で母となる嫁おみなへし
長き夜や世界遺産の旅の本
長き夜や歳時記めくり辞書めくり
長き夜やけふこそ読まんホトトギス
新藁の香り振り撒きコンバイン
脱穀機まだ動きをり宵の月
円錐の少し崩れて籾の山

爽やかや本日気温二十五度

爽やかや紺の背広に着替へたる

女郎花同じ野の道男郎花

鈴虫の音のしみわたる夜更けかな

十五夜を父となりたる子と眺む

赤ん坊寝入りて眺む今日の月

万博の庭園ごとの虫時雨

万博の四季の庭園女郎花

十六夜や万博終わる週となる

知多に来て名も知らぬ駅葛の花

鈴虫の野に馬追のひとしきり

知らぬ間に登りてをりし十七夜

馬追や学校の門開きしまま

家族皆揃ふてをりぬ居待月

スーパーの花売り場にも吾亦紅

残業の子の帰り待ち寝待月

すくと立ちぱつと咲きたる曼珠沙華

だしぬけに畦といふ畦曼珠沙華

畦道を通せん坊し曼珠沙華

自然流小学校の糸瓜棚

子らよりも丈の伸びたる糸瓜かな

校庭に糸瓜の花と糸瓜かな

二〇〇五年八月

田仕事のあと追ふ小鷺ありにけり

蓮の花背丈を凌ぎ咲ける位置
台風に出鼻くじかれピアノかな
雨止めばたちまちもとの蝉時雨
日盛りのバンド演奏けたたまし
下校子に会釈をされて青田風
咲き初めてこんなところに鳳仙花
お中元送り送られして電話
東欧の朝市をふと西瓜売り

朝顔や蔓の先ほど淡き花

無人駅真つ赤なカンナ今年また

炎昼に闇の世界を万華鏡

パリ今年冷夏とメール届きけり

パリの人夏のバカンス一ヵ月

鰻来て献立すべて変わりけり

お隣も土用の丑の鰻かな

向日葵やモネもゴッホもゴーギャンも

夜咲くといふ睡蓮のありにけり

仄紅き蕾を恋ひて赤とんぼ

川面まで下りてきそうな花火の尾

散りてなほ目の裏にある花火かな

花火見に堤防にわか桟敷かな

花火玉しゅるるるるると爆ぜて散る

音すれど音するばかり遠花火

花火果て川面に街の明りかな

唐黍の刈る時の来て群雀

南瓜から天麩羅を揚げ始めけり

煮南瓜のメーン季節のランチかな

東京のホテルの朝餉にも南瓜

この里にこんなにもゐて秋燕

先頭ははや消え消えに帰燕かな

咲き初めし芙蓉の花の淡さかな

一群に花まちまちの芙蓉かな

片陰を行く人ばかり人通り

懸樋より垂るる雫やほたる草
苔の庭焦土とまごう炎暑かな
蜻蛉の水面離れぬ残暑かな
平凡な山に一景花常山木
秋の蝉息つぎ足して鳴きにけり

流星とまごう飛機あり宵の空

山一つ越へ行くほどに星月夜

トンネルを抜けし山里星月夜

星降る夜峠を三つ越へにけり

稜線を描き出したる星月夜

北極を越へ行く機窓星月夜

天花粉まぶしたるごと稲の花

四国中少雨の今年稲の花

当分は雨なき予報稲の花

ダムの水干上るニュース稲の花

風吹かぬこと祈りゐて稲の花

流れ星また流れ星流れ星

飛騨の山合掌造り蕎麦の花

合掌の大屋根の下蓼の花

溝蕎麦の水路たどれば大藁屋

合掌の家それぞれの鳳仙花

水引の花のはじめの緑色

藪茗荷花咲く庭の静寂かな

米寿てふ友の作りし今年米

新米のご飯に茄子のお漬物

新米で作るぼうぜの姿鮨

蝉時雨夜は一転虫時雨

みちのくの友のことふとちちろの夜

中国の母語る娘やちちろ鳴く

やはらかき朝の光にゑのこ草

地に満てる朝顔の花小振りなる

売家に朝顔どつと押し寄せて

田仕舞ひの煙のほかは動かざる

吉野川北岸千里豊の秋

大竿のときおり撓み下り鮎

二〇〇五年七月

一頻り唯我独尊不如帰

喬木にはや毛づくろひ小雀の子
太陽へ伸びゆきにけり凌霄花
ハイウエー夾竹桃の花ばかり
夾竹桃燃え戦後も早や六十年
夏椿いづれ白花ばかりかな
紫陽花の葉ごと花ごと雨の粒
裏山の崖を覆ひて額の花
雨の日も梔子の香のはるかより

このあたりふつとすがしき半夏生

噴水の穂の天辺の踊りをり

ねこじゃらし思ふ虎の尾なりにけり

雨の日の権萃の紅殊のほか

垂るる実に白雲木の高さ知る

間道は令法の花に埋もれをり

花空木谷を埋めたる白さかな

渇水のあとの卯の花腐しかな

眉山より老鶯しきりモラエス忌

モラエスの昔は知らず凌霄花

モラエスの旧居の石碑濡らす喜雨

モラエスも見しかこの路地花樗

ポルトガルワイン涼しきモラエス忌

たまさかの雨間の光に蓮の花

雨止みて蓮の葉ぴんと立ちにけり

雨上がり青田いよいよ競ひをり

呼び込まれ朝顔市の客となる

市の帰路朝顔二、三しぼみをり

東京は花のお江戸か朝顔市

江戸つ子となりし法被や朝顔市

外つ国の売り子も法被朝顔市

花槿ロダンの像に咲きにけり

葛桜出て会席は終はりけり

阿波に喜雨鳴門金時生き返る

路地裏に始まつてゐる阿波踊り

宵の街そぞろ歩けば祭笛

田を渡る風運び来る祭笛

鳴門路の一望千里蓮の花

小屋といふ小屋に玉葱淡路島

豊葦原瑞穂の国の青田かな

どの顔も若き日の顔宿浴衣

愛・地球博炎天の花真つ赤

万博の一番人気かき氷

地球博炎天の徒歩旅行かな

炎天の長蛇の列のしんがりに

スーパーの鮮魚売り場に金魚かな

金魚鉢床の間に置き眺めゐる

藻を入れて金魚の世界できあがる

我が庭の天辺からも蝉時雨

刈りし庭はや青々と夏の草

添ひ寝してなほ動きゐる団扇かな

美術館浴衣の方は無料なる

鎧着ておつとり刀かぶと虫

入場を待つ列に着き団扇かな

街中が静止して見へけふ大暑

空蝉の葉を掴みゐる強さかな

アーケード金魚の幟下がりをり

脱け殻の蝉も時雨の中なるか

空蝉の葉を掴みゐる強さかな

曲流れはたと止みたる蝉時雨

花すべて天へ向きをり百日紅

風通る大樹の陰の浮巣かな

二〇〇五年六月

母の日に届きし花の白さかな

日曜の朝の静寂や花水木
宿に覚め朝の光に花水木
散歩する何時もこの道さくらんぼ
振り返り見ればこんなにさくらんぼ
スニオンの岬で見たし大西日
はるかへと夕日映せる植田かな
新市議に当選の報風薫る
十薬の彼誰時の白さかな

ニュータウン十薬干してありにけり

蔵のある屋敷の側に立葵

日曜日一家総出の田植かな

田植機の父の姿を見て居りぬ

両隣すまして競ひ田水張る

老夫婦二人となりし田植かな

走り梅雨面を濡らすほどであり

走り梅雨はや晴天となりにけり

雨少し馬鈴薯の花生き返る

ダム底をついてあがりぬ走り梅雨

鯵鮨の合せ酢我の出番かな

立葵去年と同じ角に立つ

ゆすらうめ口に含みし日の遠く

琉球のマンゴー届き御裾分け

雨蛙鳴き去りて来る蟇蛙

蚯蚓鳴くことの嘘とも真とも

手水鉢終の目高の棲家かな

ともしびを映し水田眠りけり

花菖蒲さつきと色を競いをり

一巡のあと一巡の菖蒲園

巡り来て紫が好き花菖蒲

白とふは粋な色なり花菖蒲

花菖蒲夕日ひときは目立ちをり

上向きに咲ける菖蒲の「五月晴」

この蝶の縄張りらしき菖蒲園

風止みて凛と立ちたる菖蒲かな
菖蒲園いづれも俄カメラマン
更衣今年流行とクールビズ
七変化はじめは白でありにけり
しもつけの寄り添う如く咲きにけり
花卯木重なり合ひて散りにけり
山風に泰山木の花散れり

梅雨晴間眉山眼前句碑除幕

寺町に虚子恋ふる句碑濃紫陽花

句碑ひとつ入梅の日に生まれけり

どこまでも真実一路藍茂る

雑草は一本もなし藍茂る

雨のなき阿波の北方藍茂る

藍の葉を登り来しもの天道虫

藍茂る畑の土の見えぬほど

刈り入れは明日かも知れず藍茂る

藍の葉の揺れて涼風届きけり

藍若葉始まる苦労知りもせず

太き幹朽ちてあれども樟青葉

大樟は幹朽ちてなほ青葉かな

梢ほど泰山木の花真白

十薬も丈伸ばしゐし御苑かな

十薬や真昼の闇の白十字

うかうかと黴に取られしメロンパン

でで虫と聞けどお代はりエスカルゴ

二〇〇五年五月

満天星の花に置きたる雨雫

血糖値正常となり若葉かな
鉄棒の子らの歓声五月鯉
残こされて田の一隅に母子草
隣より筍飯の香りかな
筍飯家族総出で作りけり
山荘に猿の親子や春の宵
会席は粽餅から始まれり
独活若布葱もぶち込み潮汁

冷蕎麦に山葵大根卸しかな

山桃を添えて塩焼き天魚かな

薇に木の芽いろいろ信田巻

烏賊胡瓜茗荷木耳胡麻酢和え

山菜の加薬御飯を御代りす

外輪船出入りの港花水木

ゆつくりと入りし温泉菖蒲の湯

菖蒲十束浮かびてをりし露天の湯

子と二人山の露天の菖蒲湯に

飛行雲描くを見つつ菖蒲の湯

菖蒲湯に入りて体重減りにけり

駿河台マロニエの花咲き始む

藤の花揺らし山雀去りにけり

藤の花揺れて二拍子三拍子

藤の花幹は仁王の足のごと

紫の淡きこの色花あやめ

鵜の一羽鳴門海峡渡りけり

透き通る潮目に渦の生まれけり

大渦といへど束の間春の潮

観潮や渦に始終のありにけり

春の潮大河となりて大海へ

観潮船二つ並びて帰りけり

灯台へ続く尾根道立浪草

新任の土地より便り五月晴

母の日の翌日は我誕生日

黒鯛の泳ぐお堀でありにけり
海城の堀の黒鯛周遊す
黒鯛や讃岐高松海の城
車輪梅香る城址の茶会かな
豆剥きは私の仕事豆御飯
我が剥きし豆たちまちに豆御飯
焦げ飯の御代わりをして豆御飯
豆剥きてけふといふ日の終わりけり
苗代田出番待ちつつ暮れにけり
たはむれに入りし温泉や菖蒲浮き

菖蒲湯に手足伸ばして子と二人

菖蒲湯の菖蒲の香り家路まで

何事かあらん雲雀の急降下

水平の次は斜交ひ夏燕

連続技一呼吸して夏燕

糠雨にいよいよおぼろ花樗

紫といふ淡き色花樗

二〇〇五年四月

義経の屋島への道花馬酔木

白に白重ねて真白花辛夷
あと追ひてあと追はれゐて恋雀
軒先に今朝も尾を立て恋雀
大根の花を染めたる入日かな
朝市の目玉手作り花菜漬
遠き日の母の笑顔や花菜漬
虚子の忌の鎌倉の花盛りなり
釈迦像に甘茶をかけてけふ虚子忌

鶯に導かれゐし墓参かな

虚子の墓訪ねし道の著我の花

歩み来し道はるかなり夕桜

歩み来し一筋の道花の道

虚子の初志四代つづき山桜

一筋に花鳥諷詠けふ虚子忌

ホトトギス百八齢の虚子忌かな

風なくて花こぼれをりこぼれゐし

花一片斜交ひに舞ひゆきにけり

余すなく咲き満ちてこの桜かな

水に映え花花花と咲きにけり

夜桜の宴に浮かびて遠桜

句作りも忘れ桜に見とれをり

番かも同じ高さや揚雲雀

蓮の田に水張れば来て燕

梨の花蕾のころは仄赤し

花と葉の犇きあひて梨の棚

大根もキャベツも花を競ひをり

いざ行かん金毘羅歌舞伎山笑ふ

金丸座残花の道の幟かな

鼠木戸くぐれば闇に江戸の春

吉右衛門見て金毘羅の春に酔ふ

舞台はね春灯の道帰りけり

菜の花に隣も余所もなかりけり

蝌蚪逃げてあと追ひかけし目高かな

そこにある阿波の山々春霞

見返れば山といふ山笑ひをり

台風の爪痕無残竹の秋

五月鯉泳ぐ里山萌黄色

阿波の山重なり合ひて草朧

道後への一泊吟行山笑ふ

木漏れ日に透き通りをり藪躑躅

箒の目入りたる庭に落ちし花

三重の塔を越へかし樟若葉

燕来る道後の奥の旅の宿

石手川菜の花の中流れけり

キューイの芽蔓の先ほど開きをり

囀や雑事忘るる子規の里

里人と朝の挨拶豆の花

鯉群れし淵の青さや花筏

踊子草陰に控へてをりにけり

真白なる家に赤と黄チューリップ

樟落葉ありてこの樟若葉かな

予の国の城の跡なる雪柳

千羽鶴残して行きし遍路かな

竹の子も芽吹きし今朝の遍路茶屋

ケイタイで怒鳴りつつ行く遍路かな
湯掻きたる蓬の青さ蓬餅
釜茹での蓬の香り蓬餅
一年の蓬茹でおく餅屋かな
茹で上げし一年分の蓬かな
蒲公英の野に鈴鳴らし徒遍路
道標隣の花は大手鞠

朽ち果てて寄り添ひし墓金鳳華

遍路茶屋一番人気蓬餅

名物の草餅五つ四百円

タラの芽の天ぷらうどん五百円

お札所の十二単の紫色かな

花水木躑躅と白を競ひたり

二〇〇五年三月

梅日和華燭の宴始まれリ

梅日和新郎新婦相似合ふ
ゆつたりと四国三郎鴨帰る
けさはもう茎立ちてゐし蕗の薹
遅速あり遅速ありたるふきのとう
蜂須賀の墓所の老梅まだ蕾
蜂須賀の墓所の広さや春日向
剪定の梅の小枝をもらひけり
繁縷の花にこぼるる光かな

手造りの小川なれども柳鮠

蜷の道九十九折でもありにけり

雛飾外つ国人に連れだちて

青い目の人形をふと雛祭

野に風の吹きすさぶ日のつくしんぼ

伸びるほど数を増やして豆の花

桃の枝箸置にしておままごと

遠目にも山茱萸の花明かりかな

どの花も天を指したる辛夷かな

天地をつなぐもの皆凍て返る

着膨れの押し競饅頭山手線

凍て返る朝のホームに我一人

皇居前広場の松に忘れ雪

湯豆腐や卒寿傘寿の父母囲み

三椏の花は照れ屋でありにけり

振り向けば満作の花浮かびをり

木瓜の花隠し持ちたる棘数多

桜草こぼれこぼれて増えにけり

ツンドラの凍てし地に村見えて来し

春の雲浮かびテムズの流れかな

アーモンド咲きたる下の乳母車

風強き丘に古城と紫木蓮

黄水仙群れしタブローコートかな

流氷のきしめる港鴨群るる

玄関にローソク灯し雪の夜

猫柳古都の花屋の一隅に

芽柳のそびえ流るるマイン川

フランクの像への古道花の道

春の日に合せて人の移りけり

ブローニュの森なるしだれ桜かな

ブローニュの森のせせらぎクロッカス

黄水仙咲きし水辺で憩ひをり

訪ね得しゴッホの墓や犬ふぐり

お彼岸のゴッホの墓へ参りけり

黄連翹咲ける路地来てふとゴッホ

晩年のゴッホの寓居桜咲く

マロニエの芽の総立ちに空の青

馬刀食べてバルセロナの夜更けにけり

ガウディの街春雨に煙りをり

木瓜咲いてキューガーデンの虚子の句碑

ロンドンに虚子の句碑あり木瓜の花

ロンドンで出会ひし染井吉野かな

辛夷咲くキューガーデンの空広し

ウィンザー町の奥なる花ミモザ

ウィンザー芝の緑と黄水仙

いかなごの釘煮大方曲がりをり
茹で上げしいかなご並ぶころとなり
菊の枝菊の葉も挿し苗作り
もう一度深呼吸して大試験
大試験送り出す子に励まされ
草餅が追ひ掛けて来る草津の湯
瀬戸内に鰆来る日か海荒るる
二〇〇五年二月

大寒の日本列島縮こまる

年賀状当たりましたと返書かな
ちゃんちゃんこ子犬も同じちゃんちゃんこ
ここもまた道の普請の日脚伸ぶ
窓といふ窓開け放ち冬うらら
フレームを仕上げし農婦日脚伸ぶ
紅白の梅競ひたる空青し
野良に出る人の増えけり春隣
冬うらら遠き友より句集かな

ふきのとう男が作る酢味噌和え

日本中雪の達磨の予報絵図

大寒波日本列島包み込む

冬北斗悲しきまでに冴え渡る

金柑に積もりし雪のまぶしかり

北陸に大雪阿波にささめ雪

降る雪や何処にも行かず誰も来ず

牡丹雪眺めて一日暮れにけり

わが庭に氷を残し寒波去る

薄氷を踏みて歩きし日のはるか

薄氷のはかなきまでに薄きかな

薄氷のまことに薄くありにけり

薄氷の放ちし朝の光かな

北風に向かへる一歩前のめり

隅どりて田毎田毎に残る雪

外堀の客はキンクロハジロかな

立春の空ひろびろとありにけり

湯気立てて出湯の湯気の猫柳

中国の母思ふ娘や梅蕾

中国の娘らの歓声梅日和

野の市の独活の隣の独活もどき

菜の花忌嘉兵衛を読みし日の遠く

水張ればもう鴨の来し蓮田かな

古屋敷ぽつりぽつりと咲きし梅

両の手に余りし香り蕗の薹

花咲けば見る人のなしふきのとう

ほろ苦き遠き日のあり蕗の薹

船泊埋め尽したる若布かな

軽トラの物売りも来て若布刈り

若布褒め和布蕪一山頂戴す

海水で洗ひし和布蕪丸かじり

わが茹でし鳴門若布でありにけり

磯の香の丸ごと和布蕪とろろかな

きらきらと光返して犬ふぐり

日溜りに犬ふぐり又犬ふぐり

句作りに四苦八苦して犬ふぐり

カタカナの氾濫ここも椿苗

ふつくらとミセス・デービスてふ椿

天女なる椿の花の淡さかな

花椿巡る目白の慌し

水軍の隠れ古道の落椿

二〇〇五年一月

そのかみの虎丘斜塔や枇杷の花

上海の豫園商場小夜時雨
冬の灯や租界でありしあたりかな
懐かしき子らのセーター出できたり
オペラ見てこの一年の年の暮れ
年の暮れ募金の声に挟まれリ
大書店一巡りして日記買ふ
年の瀬の光のプロムナードかな
どの花もいづれ向き向き野水仙

訃報あり昨日賀状を出せし友

極月の光の宴やルミナリエ

鎮魂の聖夜なるかなルミナリエ

異国の香添へクリスマスカード来る

下仁田の葱大年に届きたり

去年今年牛の歩みに似たれども

元旦やいつもの街の新しき

阿波の山ほんのり白き年初かな

御降の風花となる景色かな

数の子と田作あればよかりけり

子も嫁も皆揃ひたる雑煮かな

互例会終えて内輪の年始酒

街角に賑わい戻る四日早や

帰省子に持たせる土産杵の餅

つかの間の光りて冬の夕日落つ

白星は新成人の力士かな

募金箱新成人の胸にあり

墨磨つて初硯にて古端渓

子らの顔墨だらけなる書始め

丑紅と云えり濃い目にひきにけり

王義之の蘭亭をふと筆始

書初めの大書なるかな何と読む

慎重は最初の一字筆始

書初めの手本はあれど我は我

書初めに人それぞれの思ひかな

黒紋付引き締めてをり寒の紅

寒紅に白粉の白際立てり

丑紅のメーカーどこと聞く売り子

塁跡は風鳴くところ石蕗の綿

名も知らぬ野草にも花冬日向

風吹かば吹けとばかりに冬桜

ちらほらと否そこかしこ冬桜

鴨のゐる水面ばかりが光りをり

一羽来てあつと言う間に鴨の陣

ここにまた伸び放題の野水仙

前倒しして竹馬の一歩かな

竹馬に乗りて天狗の顔となる

帰省子に初電話よく掛かりをり

時勢かな初電話より初メール

二〇〇四年十二月

柊の白の極まる小さき花
山茶花の赤を包める白さかな
柔らかき光集めてお茶の花
咲きいでて庭に今年も花八手
二三粒雨滴を置きて花八手
いとけなき八手の花の雨雫
細き月冬田の水を照らしをり
自転車に乗りて来る子の息白し
短日や少年サッカー引き上げし
短日や葉書一枚出しに行く
寒風へ向きて散歩の大股に
扶桑国クリスマスツリーばかりかな
国中にジングルベルの鳴りてをり
街中が聖歌聖樹で賑へり
恩師から歌集届きて冬うらら
思ひ出を捲るにも似て年賀状
過ぎし日々あれこれ書いて年賀状
一年のたちまちに過ぎ年賀状
梢より降りくるものに鵙の声
車椅子押す夫の背の冬日かな
紅葉に混じりて松の緑かな
芝離宮水面へ桜紅葉散る
一葉ごと桜紅葉の散りゆけり
松の木の冬支度見てひと日暮る
松の木の三人がかり冬支度
真青なる東京の空ななかまど
葉一枚一枚ごとの照葉かな
芝離宮池の中なる鴨の棹
一葉落ち次の一葉を待つ静寂
日向ぼこ若者二人肩並べ
黄葉して湖畔の柳ここ無錫
水路にも冬の日こぼる蘇州かな
杭州の篠懸黄葉いま盛り
冬霞まこと墨画の西湖かな
ほの暗き堂宇に紅葉明かりかな
訪ね来し魯迅の生家片時雨
王義之の歌会の庭夕時雨
紹興酒眠れる土蔵小夜時雨
紹興の酒蔵巡りて日短

昼時雨龍の甍を濡らしをり

上海の夜の灯うるみ冬の雨

持ち込みて厚きてつさを注文す

河豚鍋の終りて尽きぬ話かな

鍋奉行打ち揃ひたり河豚と聞き

河豚食べば誰も彼もが鍋奉行

講釈をひとくさり聞き河豚料理

闇汁といふもてなしのありにけり

松の雪吊のほどよき遊びかな
真ん中に雪吊の松芝離宮
煌けるみなとみらいや街師走
コーラスや東京駅の慈善鍋
青色の満艦飾や年の暮れ
韓国は知らねど今日も沈菜鍋
北欧で買ひしセーター着ぬままに
子らの着し小さきセーター触れてみる
手荷物にセーター一つ入れておく
枯芝といえどふんわりしておりぬ
枯芝と思へどしとど濡れにけり
二〇〇四年十一月
何事も遅れがちなリ村祭
遅れても何事もなし村祭
世話役は式服に替え祭渡御
台風の爪跡無残過疎の里
濁流の引きし河原の夕薄
被災地は如何にと思ふこの夜寒
大皿に姿鮨あり秋祭
姿鮨旨きころなり秋祭
秋祭り宵から弾む太鼓かな
赤い羽根回覧板に添へてあり
花散りし庭木に小鳥来てをりぬ

秋の鮎大振りといふほどもなく

天へ地へ林檎畑の続きをり

たはむれに噛みし林檎の硬さかな

北国は如何にと思ふ十三夜
麦飯のあつしあつしととろろ汁
松手入演歌のラジオ枝に掛け
この町も黄の悉く泡立草
柿垂れ垂れるままの大藁屋
赤いべべ着たる男児や里祭
ててんつくてんてんつくと村祭
秋入日残れる空の青さかな
みちのくは紅葉の中と便り来る
石蕗の花皇居の庭にわが庭に
山茶花の散つてをるなり紅白が
葉も幹も朱色でありし沙羅紅葉
静かさの戻れる庭に石蕗明り
吾跡川の柳堤を秋日傘
冬の蝶二羽のあと追ふ視線かな
蜜柑褒め一個いただき遠江
紅葉は木ごと枝ごと沙羅双樹

溝蕎麦の隣の花は赤のまま

椎の実を数多いただく句会かな

露けさの近江は今も湖国なり

露けしや大津は湖へ乗り出して

ちりめんに大根おろしは合えりけり

前菜に零余子ありけりけふの席

鴨饅頭大根おろしの添えてあり

丸大根のメーンディシュでありにけり

利休和え柿と蒟蒻合えりけり

緋蕪の香の物あり食進む

デザートの枸杞の実殊に赤かりし

朝飯のデザート愛媛蜜柑なり

山荘の庭にこぼるる冬日差し

紅葉してもう散つてゐる桜かな

城山の色褪せてをり石蕗の花

青空の下の浄瑠璃文化の日

野舞台に弁慶舞へり文化の日

野舞台の襖からくり秋麗

浄瑠璃を野舞台で見て文化の日

蜜柑山抜けて農村舞台かな

松茸をついつい探し土瓶蒸し

けふもまた松茸の前素通りす

時化あとの大根いずれも小振りかな

野に売れる大根少々曲がりをり

信楽の里去る古道木守柿

夕映えの瀬田の岸辺の紅葉かな

朝霧の晴れし琵琶湖や鴨の群れ

一羽来て次の一羽を待ちし鷹

全容を見せたる鷹の目と合へり

鷹渡る翼の羽紋しかと見せ

二〇〇四年十月
突然にさやけき天となつてをり
黒点のやがて翼に鷹渡る
雲白く凛たる翼鷹渡る
鷹渡る目と目の合ひしほどの距離
雲のごと竜のごとくに鵯渡る
鷹を待つ肩に山雀乗りにけり
雨台風海へ暴れて泥の川
街の灯の俄かにともり秋の暮
敗荷に映画アラモのシーンふと
野に咲きし秋を集めて華道展
実となりて知る朝顔の多さかな
満月や農夫の去りし畠の上
蓮の実の飛びたるあとも茎高し
暮れてなほ冬菜植えゐる老夫かな
枝にある林檎さほどに赤からず
東京の空の青さや秋深し
秋日和東京の空鳶舞へり

秋夕焼街行く人も茜色

秋夕焼東京丸の内閑か

秋の灯や東京駅の赤煉瓦

秋灯や遠き日のことおぼろげに

赤い羽根付けて背筋を伸ばしけり

軽トラに御神輿乗せて里祭

画展見て帰る小道や柿の秋

どの路地も木犀の香であふれけり

富士見ゆる品川の宿秋晴るる

秋夕焼富士の影絵を切り出せリ

空港に富士の浮かびて秋夕焼

山雀のわが手に乗りし軽さかな

総身の小さく見えて鷹渡る

琉球は近きにあらず花鬱金

五七五の道はるかなり夕薄

刈り取りしあとの田広し空広し

一睡のあともけふなり夜長し

歳時記を捲り捲りて夜長し

百日紅散りそびれたる一花かな

追ひ越して行くにも行けず秋日傘

長き夜や大著の序文読み始む

地球儀の上の船旅夜長し

露草の露草色や今朝の雨

畦道といふ畦道の曼珠沙華

朱点々里の果てまで曼珠沙華

秋遍路雨具の裾の解れをり

二〇〇四年九月
河口まで薄の波の寄せてをり
石狩砂丘浜茄子の実の散乱す
一瞬は天翳るほど赤とんぼ
高き天クラーク像の上にあり
鳥渡るクラーク像の差す空を
コスモスやクラーク博士縁の地
コスモスや羊のどかに草食めり
支笏湖を渡りし風や今朝の秋
ななかまどダリアに影を作り咲く
支笏より花野の道の遠かりし
燕去り空深かりし広かりし
縺れ合ひ又縺れ合ひ蜻蛉飛ぶ
椋鳥の縄張りにあり大銀杏
灯を消して虫の世界に居りにけり
一歩出て実りの秋のあふれをり
ホバリング上手塩辛蜻蛉かな
蝉時雨いつの間にやら虫時雨

暮れてなほ木槿の花の白さかな

倒れゐし稲刈るに泥まみれては

子の帰り待ちての夕餉秋高し

虫の音の澄み渡りたる夜の更けて

抜きん出て土手に一本曼珠沙華

曼珠沙華いづれの茎も天突けり

川掃除済ませて美しき曼珠沙華

地を染めしはまなすの実の真つ赤かな

見返れば光の中の花芒

芒原燈台守の歌碑一つ

クラークの像の上なる天高し

恋の町見下ろせる丘秋桜

糸蜻蛉飛びて羽音の残りけり

菱の花咲きて水面を平らにす

棹垂るる少年一人菱の花

残暑てふ言葉を忘れ北の旅

直行便残暑の中へ帰りけり

今昔こぼれんばかり天の川

このごろは干上がりて見ゆ天の川

ソーダ水花の都のカフェテラス

ソーダ水泡を見てゐる二人かな

流灯や消えてゐぬもの消えしもの

二〇〇四年八月
風鈴も幟も揺れて団子茶屋
朝顔や水琴窟の庭に咲く
蚊遣りせしベランダに見ゆ遠花火
遠花火音より色のかすかなり
登り窯登り終えての木槿かな
吊忍つり客待ちの古物商
庭の鉢終の棲家の金魚かな
花博のもつとも胡蝶蘭が好き
落ち着きを戻したる空花芙蓉
やはらかき風にまかせて花芙蓉
昼下がり白粉花の白さかな
語り部の代替わりして原爆忌
強きものこそやさしよ蓮白し
かなかなは寂しかりけり夕べ来る
かなかなや暑さも峠越えにけり
天花粉思い出したり稲の花
穂先まで今を盛りや稲の花

大風の吹き去りし朝稲の花

墓洗ふ子の背の丈の伸びにけり

朝採りし完熟の梨黄金色

手も足もいつの間にやら阿波踊り

阿波踊り人それぞれでありにけり

人は人我は我なり阿波踊り

高張りの提灯持ちも踊りをり

はんなりと天指す指や阿波踊り

三味と笛鉦と太鼓も阿波踊り

このあたり夾竹桃の花ばかり

片陰を辿り辿りて遠回り

ふるさとは心の中ぞモラエス忌

よしこのを運び来る風モラエス忌

モラエスの往きし通りの日傘かな

白といふ色の淡さや半夏生

雷のあとの閑かさ夕の虹

路地裏の猫眠りをりモラエス忌

リスボンははるかなりけりモラエス忌

香水は残り香にあり背中の人

コバルトの海はるかなりサングラス

ひかえめであれど艶やか牽牛花

花博の花の街にゐ蘭に蘭

花博にモネの池あり未草

日焼け顔海の男といはれけり

日焼けとは火傷のことと知りにけり

日焼けして後の祭りの日焼け止め

二〇〇四年七月

一風雨過ぎ去りし空赤とんぼ

ちかごろは香水売り場にも男
香水を慣れぬ手つきでつけし父
香水を選べど迷ふばかりなり
香水の文字も響きも好かりけり
落とし水落とせる水の響きなり
エーゲにゐ白の背広にサングラス
サングラスカリフォルニアの空をふと
気動車の唸り遠のき蝉暑し

梅雨晴れてハイビスカスの真つ赤かな

蜘蛛の網張りつぱなしに主見えず

省略といふを知らざり蜘蛛の網

けふもまた後の祭りの蚊遣りかな

浜木綿の咲きし港に友集ふ

サッカーの少年一人カンナ燃ゆ

虫銜えさつと消えたる蜥蜴かな

浜木綿を戸毎に咲かせここ伊島

鯵を釣る還暦の友幼な顔

海の日や子らと遊びし島の磯

夕焼けの雲浮かびたり青き空

しだれては海に消えたる花火かな

にぎはひの後の暗闇花火終ゆ

夕映えの後の大空夏北斗

日陰ほど色を増したり七変化

水張ればいつのまにやら水馬

田を植えて土砂降りの夜となりにけり

暮れてなほ花栗の香の漂へり

黴の香や雨戸閉めたる山の宿

南天の花に煌く雨滴かな

水馬ありて泉の深さ知る

台風の洗い出したる空真青

父の日の嫁の便りは「娘から」

父の日に届く似顔絵若かりし

父の日の便りに添えてさくらんぼ

水源は静かなりけり糸蜻蛉

緑陰に画架並べゐし二人はも

おのずから緑陰に道求めをり

緑陰に散歩の歩幅緩みたり

二〇〇四年六月

鱚釣りや遠投の背の凛々しかり

登校の子らの後ろに立葵
天守閣さつき明かりの空にあり
天守見ゆベンチ覆ひて花樗
太閤の城大きかり夏の蝶
難波津の青葉の岸辺行きし舟
日向より日陰にてよし黒揚羽
山行きを取り止めし夜の遠蛙
黒南風や月の隣に一つ星

入梅の日の雨予報外れけり

降りそうで降らぬも梅雨の一日かな

群雲を映して水田平らなり

遠蛙幕間幕間に蟇蛙

蟇蛙楽士であればベース弾き

沙羅咲きて渋民村のことをふと

料理屋の鮎まだ小振り解禁日

真白なる旧家の土塀立葵

手入れせぬ庭に今年もダリア咲く

わが庭の白百合生けて悦に入る

黴臭しとはいはねども牛歩とは

黴の香のなかの玉座や故宮院

そこかしこ香をふり撒きて栗の花

日暮れ道ふと見返れば半夏生

今朝の雨花南天の頭垂る 

大雨の後の青田のそよぎなり

矢の如く燕飛びさり時化の空

田の中の墓の供華なり立葵

人参の花向日葵に劣るなり

雲一つ無き空広し梅雨休み

夏台風いつのまにやらいなくなり

葉桜を吹き抜けし風緑色

鵜の潜りひねもす眺めゐし城下

北側の常盤木落葉散りしまま

花樗雨呼ぶ色でありにけり

紅も黄も色増しにけり雨の薔薇

泰山木上に行くほど花白く

舞台はね静寂の里の遠蛙

朝の日や卯の花の白まぶしけれ

煌けり手繰れる糸の先の鱚

雨ありて紫陽花の葉の総立てり

釣りし鱚海の真珠といふ人も

はすかひに飛びし燕の腹真白

山帰来母の作りし柏餅

一階より二階へ越して更衣

着ることの無かりしものに更衣

二〇〇四年五月

蝦夷に見し身の丈を越す野蕗かな

山小屋の膳に蕨の添えてあり
雲取に見し春雪の大き富士
赤白黄畝縦横にチューリップ
花蕾畝を別にしチューリップ
山々を少し濡らして穀雨かな
藤咲いて老舗の客の列につく
藤の花カメラの列の上向けり
新緑の上の青空飛機一機

オカリナの楽こだませりみどりの日

木を植うる子らのスコップみどりの日

みどりの日合唱団の胸の羽根

朝採りの篭に蕗独活みどりの日

衣替え探したるとき無きものも

更衣とは捨てることなりちかごろは

天空に咲き競いたり薔薇の花

魚跳ねししぶきに濡れて花菖蒲

花菖蒲咲きし家鴨の舎のほとり

大雨の小雨となりて遠蛙

あぢさゐの鉢二つ持ち里帰り

帰郷子ら去りて二人や子供の日

母の日の母に香水初任給

たはむれに庭掃除してけふ立夏

洗濯機休む暇なし衣替え

実をつけて花をつけたり夏みかん

手に受けし常盤木落葉なほ青し

睡蓮や鯉ゆるゆると泳ぎをり

天麩羅の老舗お勧め品は鱚

仲見世の中を行きたる祭かな

夏祭り女の脛の白さかな

外つ国の子も鉢巻や夏祭り

行く春や金丸座より触れ太鼓

鼠木戸出てこんぴらの春惜しむ

蝙蝠は夕の燕といふべかり

囀りや岩場のあとの緩き坂

春の空雲取山に我立てリ

上りより下りの道のミモザかな

帰り道若葉ひときは増えてゐし

チューリップほほえみ娘てふ名札

根津に来て躑躅の山に迷ひけり

平地より崖の花かな躑躅咲く

亀戸の亀昼寝して藤の花

藤揺れてシャッターの音止まりけり

春眠を蹴飛ばして発つ登山かな

山小屋の朝は春眠とてもなく

春眠に夢も現もなかりけり

二〇〇四年四月

つくしんぼ二つ三つ四つ百二百

鰆売りさごしの一尾残りをリ
目一杯春椎茸の太りたる
雛飾る女系三代ここにあり
葱坊主大中小と揃ひたり
春塵の底に沈みし都かな
来てみれば杉菜ばかりとなつてゐし
城跡の馬場の広さや梅の花
溶岩の台地の上の初音かな

遠き日の花冠やうまごやし

行くほどになほ沈丁の香りかな

モスクワの教会をふと葱坊主

三ッ星の中天に在り黄砂の日

六本木ヒルズ黄砂に埋もれり

啓蟄や雀椋鳥せはしかり

剪定の鋏止まりて又鳴れり

剪定のすでに萌え出る新芽あり

自己流の剪定終はり悦に入る

花の山よりふるさとの寂とあり

爺婆の踊りも見たる花見かな

梢八分下枝三部の桜かな

少年と少女に戻り花の宴

天空に囀りのあり花に蜂

入社式新調の靴みな大き

新社員ネクタイ少し曲がりをり

沙羅の芽の一つ一つの雨滴かな

昨日今日木の芽にはかに膨らめり

はすかひにすれ違いたる燕かな

つばくらめ縦横無尽斜交いに

生命とは燃やすものなり桜花

葉ののぞく桜もありて宴終ひ

空豆の花そろひ咲き絹の雨

雨止みし夕日に映えて糸桜

しだれ咲く今宵名残の桜かな

真白なる花筵かな梨の棚

桃咲きて視野一杯に溢れをり

桃園に誓ひし人のことをふと

桃の花煙るが如く咲きにけり

芝居はね春灯の街ざわめけり

金毘羅の芝居のはねて花吹雪

鼠木戸出て夜桜の九十九折

漁火のぽつりぽつりと春の闇

いただきし筍に糠の添へてあり

朝掘りし筍飯の香りかな

二〇〇四年三月

八重椿花の盛りに落ちにけり

藪椿先に行くほど数多咲き
落ち椿太極拳の声に落つ
苔むせる青き石段八重椿
見つめても知らぬそぶりの恋の猫
耕せし畑つかの間に草萌ゆる
蝋梅や古き屋敷の窓明かり
歳時記の世界に遊び春炬燵
見つけたり囀りの主天に在り

鳥帰る小川の岸辺ざわめけり

卒業の子らの列あり昼の街

梅明かり黒き天守の聳えをり

薄氷の光れるを見て阿蘇下山

家中に春子焼きゐる香りかな

閉校の日となりにけり梅も散り

嘘まこと梅に鶯蓬餅

天空へ螺旋描きて揚げ雲雀

土手沿ひに花菜明かりのつづきけり

この家もまたこの家もさくらかな

はくれんやこの青き空ありてこそ

うかうかと大根の花の伸びにけり

菜の花やゴッホの好きな黄をこぼす

春の雨葬送の人濡らしをり

姫沙羅の芽の総立ちに真淵の碑

苗市の花の数より人の数

彼岸会の善男善女となりにけり

侘び助や一人となりし人の末

天女なる名の椿かな天に咲き

北風と太陽背中合わせかな

一句成す思案してをり日向ぼこ

嫁御よりバレンタインの日の祝ひ

仕放題気儘放題春嵐

春の虹道行く人の映えにけり

北側の玄関の花梅の花

梅咲きし空真青なり大藁屋

棟上の木槌の軽ろし日脚伸ぶ

町中の雛が雛呼び雛の壇

春の雷人それぞれの門出かな

若布刈り一族郎党浜に在り

浜茹での若布芯まで真青なり

浜で食うめかぶとろろの青さかな

二〇〇四年二月

枝の先その先々にも寒雀

柚子味噌を作り終えての柚子湯かな
寒見舞いかの人からは無かりけり
ボルシチの蕪の真つ赤や寒波来る
真二つの白菜干せる車上にも
空豆と豌豆の芽や空つ風
節分や鬼は内へと哀れめば
ヤンバルのたんかん熟れて届きたり
春近してふに訃報の続きけり

沖縄の冬を旬なり島らつきょ

風花に何時かかはりて昼の雨

立春や小川に鮠の群れてをり

春隣り川蜷少し動きけり

蕗のとう二つ三つ四つ五つ六つ

如月の新郎新婦凛として

梅一枝添へて宴の始まれリ

手造りの華燭典かな梅匂ふ

凍て返るお堀に街の明かりかな

冬晴れのなかどこまでも歩きみん

鴨遊ぶ四国三郎昼の月

七種のぺんぺん草となりにけり

冬桜頭を垂れて咲きをリぬ

大根の大根の葉に抱かれをり

うどん屋のうどんののぼり冬茜

うどん屋となりし藁家で日向ぼこ

昨日来て今日も来てをり寒雀

京へ出す室の壬生菜を選別す

生け捕りの大根の大葉切り落とす

垣間見る室の苺の殊に赤

雪の野に豌豆の芽の青さかな

初風呂やありがたきかな無事息災

一番星頭上におきて初湯かな

初風呂に手足伸ばせば宵の月

二〇〇四年一月

芹薺ふるさとの川やさしかり

初詣思ひて居りし人に会ふ
凧揚ぐる鳴門の空の青さかな
辛夷咲く武蔵野の空真青なり
日に燦と干し柿すだれ大藁屋
雪の原白鶺鴒の白異に
雪の夜の犬の遠吠え甲高し
徳島の雪は霙となりにけり
いとけなき芽枝に雪の重さかな

数の子と田作りありて事足りぬ

うかとして黴に取られし鏡餅

橙が柚子へ転がり女正月

都より河豚食べに子の帰郷

河豚食ひて友の孤舟を聞きをりぬ

寒き身を温め上手白子酒

鰭酒に酔ひける夜の星の下

九絵鍋をつつきしあとの寒昴

ひめゆりの乙女らの碑や寒の雨

早咲きの蒲公英見たり平和の碑

大寒に残波岬の海荒るる

大寒の八重岳に興ありとせん

旅はるか緋寒桜の紅淡し

登るほど咲き競ひたる桜かな

餅餅餅旧正月の街の市

二〇〇三年十二月

冬銀河おほひかぶさる祖谷の谷

親と子の夫婦そろひて冬銀河
妻と嫁足投げ出して囲炉裏端
無精髭剃つて勤労感謝の日
蜜蜂の羽音どこかに花八手
城の門堀も清掃年の暮れ
打ち揃ひ新郎新婦冬うらら
豆腐屋の老舗の紅葉映えにけり
湯豆腐の湯気の向こうの夕紅葉

裏道も紅葉の美しき奥嵯峨野

清水の舞台紅葉に染まりをり

金閣を映し紅葉を映す池

嵐山街騒よそに眠りをり

散り紅葉その上にまた散り紅葉

トロッコの電車より見て冬桜

遠き日の母の手白し障子貼り

貼り替えし障子に朝の光かな

菜園の大根すだれ干しにかな

大根抜き四股踏んでゐる少女かな

湖青く空また青し鰈釣り

寒風に乗りゆく鳶の高さかな

吟行句褒められし日の富士白し

二〇〇三年十一月

懐かしき家に戻りて蕎麦の花

寂しさは山の端にある細き月
秋の日の入りたるあとのしじまかな
我一人照葉しばらく眺めをり
葉一枚一枚ごとの照葉かな
一匹の葉翳にしずみ冬の蝶
贅肉のついて居直る冬の人
朝の露置きし冬菜を収穫す
日を浴びて小さくて黄色冬の蝶

毎日が日曜となり冬に入る

朝寝して畳に小春日和かな

冬空の火星も見えて露天の湯

背広脱ぎ炬燵の主となりにけり

冬北斗探せば星の流れけり

墓地の道鶏頭の赤まぶしけれ

久々に布団干したり家に居り

縁側に観葉植物冬日浴び

冬耕や名もなき草の花残り

味噌汁の大根甘まし今朝の膳

二〇〇三年十月

みちのくの友より旬の秋刀魚かな

籾殻を焼きて老夫の秋暮るる
去りてまた近づく如く虫時雨
湯の町の朝の日差しに女郎花
古の栄華の跡の萩の花
藤袴傍らに花つけにけり
倒れてもなほ立ち上がり紫苑咲く
曼珠沙華畦といふ畦朱みどろに
午後からの花壇の花の映えにけり

いとけなき柿にも秋の実りかな

手を振れる母と子いまだ大稲田

粉雪の舞ふが如くに秋の蝶

田の蝗大飛翔して天にあり

鳥渡る子らの自転車ながながと

眼前にモンブランかな秋澄めり

秋日和マッターホルンも姿見せ

どんぐりを踏みて湖畔の散歩かな

静かさや光をあびて濡れ落ち葉

ジュネーブの国連にいま花芙蓉

二十年昨日の如し虫時雨

二〇〇三年九月

夕凪に音を消したる波止場かな

夏惜しむ子らの歓声宵の駅
光太夫来たりし宮殿空澄めり
琥珀の間見て来しあとの枯れ尾花
まつすぐに白の世界へななかまど
ダーチャなる菜園閉じて夏終わる
着膨れし人々の列暗き朝
餌運ぶ栗鼠に逢ひたり森静か
噴水に虹の生まれて夏離宮

鶺鴒は水の離宮の花の禽

一筋の鉄路見送る野菊かな

草枯るる地平の果ての空広し

クレムリン赤き城塞ななかまど

昼暗き越後湯沢のすすきかな

越後路や視野の果てまで稲の秋

秋の宵信号の灯のいと赤し

静かさや冬を待ちゐる親不知

籾を焼くけむり倶利伽羅峠かな

萩の花一枝挿したる山の宿

朝顔や夢二ゆかりの湯涌の湯

古都日和路地裏の花芙蓉かな

行きてなほ萩とすすきの加賀路かな

金沢の残暑猛暑と云ふべかり

残暑とは夏より暑き秋なるか

白木槿紅を差したる乙女はも

畦道の鶏頭少し残りをり

秋桜の倒れては起き楚々と咲く

秋桜や蝶も蜻蛉も子らもゐて

二〇〇三年八月

黒揚羽白き灯台守りをり

鯵釣りの棹並べるもクラス会
カンナ咲く島の校庭子らの声
突提に寝転びて見る花火かな
朝顔は今朝を限りの花ばかり
来し方もはるかとなれり蝉涼し
外つ国の朝顔花に見とれをり
赤き屋根向日葵の黄に空の青
にわとりに七面鳥に夏日かな

スイカ売りスイカの山を側らに

高き巣のコウノトリかな旅の地の

カルパチア越ゆる峠の焼きコーン

こまくさや馬の親子に逢ひにけり

夕涼み牛もあひるもともにゐて

トマト売り客を待つ間の昼寝かな

りんご売る少女の笑顔遙かへ道

花園の花おのおのの日差しかな

四方みな地平線なり夏日落つ

夏北斗アクロポリスにかかりをり

パルテノン遺跡に蝉の時雨かな

蝶のごと降りて遺跡に夏帽子

ビスタチオ実れるを見てエーゲ海

白き家ブーゲンビレアの咲き継ぎて

訃報聞く渡りの鳥の高さかな

古代史を描き出したる西日かな

二〇〇三年七月

さくらんぼお店に並ぶ頃となり

立葵家路の友を送り居て
蓮咲きてけふといふ日の始まれり
花蓮に逢ひたる今朝の散歩かな
四方山のこと忘れけり蓮の花
啄木の像にひとひら沙羅落花
山開き待ちゐる道の日差しかな
夏の草絶えて久しき家被ふ
賢治の碑在りし峠の青楓

北上は万緑のなか流れけり

鵜の棹の東京の空渡りゆく

かなぶんの急襲もあり無人駅

雨の日の片白草の白さかな

いとけなき羽に雨ふるおにやんま

紫陽花の終わりだらりと鞠垂るる

濃紫陽花いよいよ鞠を垂れにけり

鯉池の見張り面して五位の鷺

七夕の水辺の花はおおみくり

七夕や遠き日語る友とゐて

七夕の友と青春語りをり

鬼灯市水を撒く手の白さかな

朝顔の花便り待つ昨日今日

二〇〇三年六月

松の芯摘みたるあとの空青し

大西日金波残して落ちにけり
広重の菖蒲を探し菖蒲園
花菖蒲一雨ごとに輝けり
鴨の子のクロールも見て菖蒲園
花びらに雨滴を乗せて菖蒲かな
話しではいずれあやめかかきつばた
巡り来て紫が好き花あやめ
睡蓮や人まちまちに眺めをり

手長えび釣りゐる竿に西日かな

草団子外つ国人と柴又で

紫陽花の雨の矢切の渡しかな

病床の友は帰らず梅雨に入る

晴れの日も清しと思ふ額の花

鴎外の往時のままに沙羅咲けり

雨宿り泰山木の花の下

二〇〇三年五月

柿若葉若葉若葉に相染まり

帰省子を待ちて作れる鯵の寿司
蝶々は薊の棘も気にならず
鯉幟子らの遊べる大藁屋
鰻捕る老人川へ忍び足
蜆取り鷺に漁場を譲りけり
トマト茄子朝顔もあり植木市
天空へもつれもつれて揚雲雀
行きて止み行きては止みてあめんぼう

玄関に小手毬の花明かりかな

藤の花風と睦める古刹かな

白藤の花を巡りて虻と蜂

抜き捨ての人参伸びて花咲けり

水の玉小さき蓮の浮き葉にも

濃淡の殊に朱色の躑躅燃ゆ

鯉幟思ひ思ひにひるがえり

白藤や朽ちしブランコ覆ひをり

大歩危の淵の藍濃し五月鯉

有明のまた眠りけるおぼろ月

見るからにほろ酔ひ機嫌月おぼろ

還暦となりて眺むる若葉かな

遠き日の駿河しのばる新茶かな

便りより先に新茶の届きけり

旅にゐて雨傘日傘となりにけり

二〇〇三年四月

雛飾り母の形見も添へてあり

野の花を生けて客待つ雛の家
雛の間となりてかぐはし畳かな
永き日のあれやこれやと過ごしけり
春の宵女ばかりの祭りかな
ガス灯に柳の映えて出湯の街
待ちかねて彼岸桜の花の下
からくりの時計待ちゐて糸桜
人力車影を曳きゆく夜寒かな

陣取りを終へて息つく夕桜

呼び呼ばれ花見の客となりにけり

鴨帰る河畔の将棋見て立てば

子が母の手を取りてゆく土筆かな

蒲公英の穂綿を追ふて母子かな

はやばやと田を植ゑてゐるここは土佐

外つ国の友と燗酒花冷ゆる

日に散りて風に舞ひける土佐水木

菜種梅雨一息つきて幕間かな

金丸座紙燭に江戸の春見たり

芝居はね現の花の冷えて居り

野菜出荷終へたる畑の花はこべ

燕来て水田にはかに輝けり

春野菜色とりどりの朝餉かな

鯉幟風失つて日に映えて

ねぎ坊主数へる間にも増えにけり

山雀のその枝に触れ花吹雪

空港に草萌ゆる日の雲雀かな

いつか来た道たどり来て桃の花

菜の花や三日続きの晴れ間なし

梨畑平らに花の白さかな

たんぽぽや銀河の堰にゐる思ひ

縦隊の赤白黄色チューリップ

日の暮れてよりあわただし戻り鴫

大銀杏枝の先まで新芽かな

樽酒も団子も尽きて花の宴

花吹雪つむじとなりて舞いゐたり


二〇〇三年三月

絹の雨降りていよいよしだれ梅

豌豆とそら豆伸びてともに花
男坂女坂今梅見坂
湯島来て梅の見ごろの女坂
汚れなき梅見つけたり女坂
逢ひにきし梅に逢ひゐる湯島かな
青空に白より白き辛夷咲く
朝の径落ちし椿の真新し
雪割の桜の果てぞ土佐の空
茎立ちの花とりどりに朝の市
春の野の花も束ねて朝の市
凍返る街や無言の人に月
春遍路けふはどこまで行くのやら

冴え返る虚空仰ぎぬ星と月

新若布磯の香りのほとばしり


二〇〇三年二月

灯を消して老舗の宿の氷柱かな

新雪を踏みて入りたる露天の湯
冬の朝饅頭の湯気温泉(でゆ)の湯気
雪の原脱兎の跡の新しき
熱き湯に入りて眺むる雪景色
踏み出しの子らおぼつかな初スキー
雪うさぎ二つ並びて山の宿
かまくらも灯ともしてあり宵の月
暮れなずむ原爆ドーム雁の空
梅紅白安芸の宮島朱づくし
紅梅や朱塗りの塔と朱比べ
牡蠣がらの山脈築き牡蠣祭
日だまりにまんさく咲かせ藁の家

水仙も身ぶるひしたる餘寒かな

咲き競ふ梅の彼方に大藁屋

鵜も鴨も浮かべる大河水ぬるむ

料峭の煌いてゐる星座かな

薄氷踏みし手にせし遠き日や


二〇〇三年一月

霜除の蘇鉄に負傷兵をふと

家にある物も買ひたり年の暮
冬鴎皇居の堀にけふ着きぬ
はるばると天より白き年賀かな
木枯らしにマイクの音も甲高し
子ら帰り夫婦二人に五日かな
鴨放ち手に残りたる鼓動かな
生け捕れる鴨を放ちて広き空
雪だるまおきし処を探しけり
雪だるま作りたる子の雪まみれ
七日またもとの二人に戻りけり
真白なる白より白きけさの富士
満つれども暗らしと思ふ冬の月

行き帰り路面電車で初湯かな

朝市の大根白し城下町

雪被り石鎚の峰眼前に

道連れの人と眺むる初霞

冬晴れやスキップでゆく子ら二人

しんしんと背後を突ける寒波かな

白き花一つつけたり室の蘭


二〇〇二年十二月

豌豆の芽へねんごろに霜囲ひ

幼な児の手に手を取りて蜜柑狩
蜜柑山鵯目白人も入れ
数へ日の八百屋埋めたる密柑かな
金柑の香りにひかれ朝の道
金柑の満艦飾に実りけり
雁の竿さすを見てクラス会
葬場は音無きところ銀杏散る
葬送の母と幼子霜強し
闇深き里の冬の灯いと赤し
冬の月夜学の子らの背にありぬ
数へ日の市場青果に埋もれり
古暦ありし柱の新暦

姫街道行きし人見つ蜜柑もぐ


二〇〇二年十一月

浮き沈み五段の滝を桐一葉

一筋の川を埋めたる花野かな
踏み入れば花おのおのに花野かな
朱みどろの女郎紅葉や奥秩父
白き富士太宰も見たる天下茶屋
二季咲きの桜に秋の時雨かな
石段に山茶花こぼる竹生島
周航の歌を歌ひて夜半の月
古き友鴨来る浜につどい耒ぬ
旅に来て近江鮒ずし食べて冬
椋鳥の飛びたるあとの木の実かな
猫とゐて日なたぼこりの場所探す
北国の便りの届くかぶらずし

見上げれば今朝まだありぬ木守柿

大根を干して隣りのつるし柿

田の隅に菜つぱいろいろ冬構え


二〇〇二年十月

遠きより遠き日しのぶちちろかな

見渡せば此岸うめたる彼岸花
曼珠沙華お七の簪挿したるか
ひろびろとまたひろびろとそばの花
祖谷の里昔のままに鳳仙花
むくげ見つむくげの国のこと思ふ
家毎に木犀にほふ夕べかな
城ヶ島サボテンの花揺れて咲く
朱競ふ鶏頭ありぬ見てをりぬ
海を縫ふ鵜に鯔はねて浜離宮
のびのびとカンナ総立ち無人駅
じゃこ天をかぶりつき行く宇和の秋
落し水落し終へたる田螺かな

家々に朝顔残る飛弾の秋

アルプスと合掌づくりそばの花

高々と石積むダムや秋澄めり

高山や唐子の反りて高き空

紅葉に一色八幡平かな

無花果の葉陰にをりて糸蜻蛉

ななかまど朱に染まる日の露天の湯

はやばやとふとんに入りぬ山の宿

長き夜やねやに待ちゐる明けの鐘

戸隠を映す水面も花野かな

照葉に戸隠の峰まぶしけれ

戸隠の紅葉も見ておろしそば

柿好きの母へ熟柿を三回忌

朝餉にて新米ご飯と朴葉味噌


二〇〇二年九月

命とは燃え尽くすもの蝉時雨

厚き雲抜けたる飛機の空高し
青いろの揚羽を追ひし遠き日や
かずら橋渡る人見つ蜻蛉かな
祖谷の里昔のままに鳳仙花
眼前に大鹿現れて剣山
つり橋の袂に喫茶と赤とんぼ
湿原は音を消したり女郎花
朝顔もハイビスカスも終わりけり
海を縫ふ鵜に鯔はねて浜離宮
コスモスやいたいけな人強き人
萩の風通り抜けたる茶室かな
落し水落し終へたる田螺かな

初栗や食う子剥く母大童

蓮枯るる畦に露草そそと咲く

田螺死に蝗は這へる田一枚

野分立つ蒲生田岬鳶鳴きて

新米を待ちて妻炊くボウゼ飯

無花果の葉陰にをりて糸蜻蛉


二〇〇二年八月

少年に少女になりぬ花火かな

花火終ゆ広き虚空や月一人
百日紅咲きて人見ぬ山の駅
夕立に逢ひし報告ながながと
天に燃ゆ百日紅や原爆忌
青楓かそけき風の生まれけり
山雀や青葉の先のその先へ
山雀の飛びて蝉声戻りけり
天へ咲く夾竹桃や旅の帽
常滑や汗が汗呼ぶ窯巡り
窯の街浜風吹きて生き返る
姉がゐて弟がゐて蜻蛉かな
地球儀の海眺めゐて夏終わる

背なの子も踊る阿呆の阿波踊

古株の蔭に若葉の見ゆるかな

枕辺にかなかなの鳴く昼寝かな

朝顔や花の終わりの空眺む

稲を刈る一筋ごとに日の暮るる

海越ゆる列車の母子夏終わる

夏の日の日毎宿題しかと持ち

長崎や夜景のなかの秋の月

鬼岳やつくつくぼうし鳴きやまず

厚々に冬瓜を煮てこの夕餉

わが妻の冬瓜料理子ら拍手


二〇〇二年七月

はやばやと子らのバス発つ白夜かな

ひろびろと川の流るる白夜かな
ひたすらに釣糸たるる白夜かな
鶺鴒のあと追う朝の散歩かな
梅雨寒のストーブにをり北の宿
もののふの栄華のあとや蝉時雨
鰻屋の老舗蒸籠かつと開け
夕の虹土佐の豪雨をしめくくる
向日葵や少年の日の兄弟
鬼灯や今日のはじめの水を打つ
朝顔の花便り聞く昨日今日
母の手を息子が引いて鬼灯市
蝙蝠や群雲照らす細き月

嵐過ぎ星降る夜に明易し

虹の橋飛機見下し北の旅

旧道の水路や涼し緋鯉ゐて

白百合やわが家の庭の花の王

伸びるだけ向日葵伸びて梅雨明ける

水道で髪洗いける日もありき


二〇〇二年六月

夏の月葬送の人照らしけり

夏北斗中天にあり友逝きて
雪残る連山下に飛行雲
うぐいすや雪蹊残る山の駅
山菜や金山寺添え野良の宴
馬鈴薯の花をば上下して蝶々
どくだみや満月の夜の白十字
笛太鼓まだ不揃ひの祭前
通るたび古き屋敷の枇杷太る
女吹く笛に色ある祭りかな
人波に梔子匂ふ祭りの夜
御隠居も背広姿に渡御を待つ
黒南風も涼しかりけり初勝利

二〇〇二年五月

玉ねぎの青敷き詰めし淡路道

鳶一羽舞ひ上りたり竹の秋
青蛙宿の玄関守りをり
遠蛙三千院に闇深し
鮎焼ひて子らも負けじと鮎談義
母の日の紅を贈りし兄弟
母の日や子らにもらひし紅つける
うぐいすや朝一番の鳴きくらべ
うぐいすの声聞く朝の散歩かな
ひんがしの飛行機雲や初夏の海
銀輪を連ねる彼方海光る
榛の木の幹より芽吹く溶岩(らば)の島
溶岩のあわいに咲いて濃紫陽花
木苺の花や無人の島に咲く
街道の老舗大きな西瓜売る
新じゃがを提げ合い母子の家路かな
残雪の御岳見上げ旅にあり
山笑う一駅ごとに木曽の景
アルプスに雪残る日の田植えかな

鯉幟白き山背に泳ぎけり

藤垂れてかそけき風もやみにけり

菖蒲湯に手足伸ばせば宵の鐘

星座よく見ゆる夜なり雨蛙

満天下君とかかわり雨蛙


二〇〇二年四月

道一筋若葉の海をひた走る

巣作りの燕を見たり旅の駅
憂き事の無き日祈りつ武者幟
行く春を惜しむ浪花の通り抜け
楊貴妃と呼ばれし桜仰ぎ見る
朝まだき楊貴妃桜仰ぎをり
千年の古都に遊べる若葉時
そのかみの御所の庭にも八重桜
鯉のぼり若葉の海を泳ぎをり
柏餅並びて茶屋や旅路の湯
新芽吹く柳に降りて絹の雨
春の宵相合傘の二三組
春耕の畦に蒲公英咲きこぼる
葉桜の映る川面に鴎飛ぶ
緑濃き住めば都の筑波かな
学園の街に凛たる花水木
紅白のさつきの燃えて雨上がる
これがまあ根津の躑躅か江戸の春
そこかしこ躑躅見る人描く人

昨日今日満山染めて躑躅咲く

盛り上がる躑躅の上にまた躑躅

鉢植屋骨董売りも春祭

天竜に墨流したり春の暮

子規の里行きつ戻りつ踏青す

鍬振う老人一人山笑う

熟れ麦の波の彼方に瀬戸の海

海渡る車窓に瀬戸の霞かな

紫雲英田に髪飾りせし妻想う

浜名湖に浅蜊を採りし日のいづこ