遠藤和良が詠んだ俳句のバックナンバー(2007年)です。

今年の俳句はこちらから  2009年の俳句はこちらから 2008年の俳句はこちらから
 2007年の俳句はこちらから  2002年〜2006年の俳句はこちらから

二〇〇七年十二月
小春日の野点の席に招かれて
比叡山紅葉明かりの山の宿
山荘の朝はきりりと冬紅葉
帰途に着く羊の群れに空っ風

一つ市にアジア欧州冬の月

冬紅葉イスタンブール坂多し

ボスフォラス早暁の海鳥渡る

海峡を行く船遅し冬の朝

欧州の隣はアジア冬霞

二大陸分かつ海峡冬霞

二大陸指呼の間にして冬霞

冬明り地下宮殿の水面にも

空港の吹き抜けロビー大聖樹
漆黒の海に浦の灯冬の月
鳴き砂の浜の千鳥の細き足
とある川河口の中洲群千鳥
磯千鳥四国三郎暮れんとす
年忘傘寿と喜寿のデュエットで
年忘裕次郎出てお開きに
クリスマスピアノ調律師を待って
二次会の声のかからぬ年忘
年忘日本酒党またビール党
一日で終らぬ仕事障子貼り
おでん鍋阿波に竹輪麩無かりけり
大鍋におでん煮てあり妻の留守
炊き足しのおでん大根よく滲みて
熱々の大風呂吹と格闘す
宗教を信じ戦い枯蓮田
枯蓮田抜け行く風の白さかな
単線の列車一両蓮田枯れ
蓮枯れて天地の広くなりにけり
一人より二人の仕事年用意
調子出たところで障子貼り終る
アイロンで障子貼りする時世かな
障子貼り終へ大の字となってゐる

鴨飛翔つんのめるほど首立てて

山中の池ホバリングする野鴨
ホバリングしてゐる沼の鴨の尻
左手でひょいひょいひょいと大根抜く
村中の家の総出に大根引く
枯れゐると思へど青し破れ傘
破れ傘冬青々とありにけり
餅搗を見てゐて餅を馳走さる

餅搗にあり落ち着きしリズムかな

掌に取れば崩れて初氷
二〇〇七年十一月
美濃田なる淵の藍濃し赤のまま
色競ひ形を競ひ菊花展
一株の花の定型鉢の菊
低きより鉢高みへと菊並べ

勘介も美男におはす菊人形

菊人形台座の茣蓙の濡れどほし

菊人形背中より水貰ひけり

どこからか蝶の舞ひ来る菊花展

をみなよりをのこ装ひ菊人形

厭なこと忘れて巡る菊日和

日の透けて千両の実の朱増す庭

山寺の裏は断崖石蕗の花

菩提子の音とめどなく落つる庭
禅林の奥の奥まで実千両
文化の日阿波法隆寺写経展
小鳥来る阿波法隆寺裏は山
集って僧も出役や秋の寺
菩提子の追ひ羽根のごと舞ひて落つ
山門に葷酒を禁ず寺小春
大井川細く蛇行し鴨の列
木曽川の水は豊かに鴨の陣
関が原東も西も柿の秋
河烏大歩危の水澄み渡る
黄色より紅に歓声紅葉狩
水と空青き大歩危照紅葉
川下りとは仰ぎ見る紅葉谷
地質学聞く大歩危の紅葉狩
地質学語る船頭歩危の秋
土讃線紅葉の谷中を行く
蒲公英の帰り咲きたる遺跡かな
大鷲やアクロポリスの空高く
トルコなる西のアジアの綿の花
帰り花アクロポリスの崖険し
木の実降る古代遺跡の石畳
二千年前の遺跡の新松子

街路樹の蜜柑色づき絹の道

まだ熟れて無花果畑つづく道
絞り立て石榴ジュースに群るる人
夜なべして綿の花もぐおうなかな
綿花摘む出稼ぎ農夫暮早し
冬耕す何処を向ひても地平線
平原に老農一人冬耕す
パムッカレ湯気の彼方に雪の山

隊商の宿りし砦蔦紅葉

シルクロード紅葉山抜け雪山へ
カッパドキア奇岩の谷の冬紅葉
夕時雨奇岩の色を変へにけり
カッパドキア洞窟住居冬ぬくし
招かるる洞窟住居冬ぬくし
忘れたるカメラの届く町小春
新松子奇岩怪石指呼の間に

生くるものなき塩の湖冬ざれて

建国の父の廟守る大冬木
ボスフォラス海峡狭し浮寝鳥
一つ市に二つ大陸鳥渡る
火桶して古都の老舗のレストラン

暮早しイスタンブール坂の路地

二〇〇七年十月
仄と出てそれっきりなる月を待つ
二胡を聴き楊琴を聴き月を待つ
懐かしの蘇州夜曲を聴く無月
月白や鳴門海峡鎮まれる

無月なる鳴門の海の静寂かな

月白に水平線の浮かびくる

小望月展望台や灯を消して

お月見の茶菓子は団子づくしなり

鈴虫と少し距離置き鉦叩

夜学生群がってゐる拉麺屋

十五夜の雲脱ぎ捨ててくる早さ

振り返り見れば十五夜天心に

かぐやなる星も見てゐる今日の月
十六夜の大きな月の出でにけり
朝霧の底に湯布院まだ覚めず
湯布院に四人が四人月を見る
湯布院に久闊同士月を見る
来年もともに見んとて月を見る
十人で借り切る湯宿虫時雨
この宿の送り迎への虫時雨
火口湖の水真青なり阿蘇に秋
芒野を抜けて芒野ここも阿蘇
改修の天守を余所に菊花展
海の魚泳ぐお堀の水澄めり
女木男木も小豆も霧や瀬戸の海
大政を奉還の城ちちろ鳴く
千年の古都の古刹のすいと鳴く
銀杏のどっと実りてどっと落つ
二条城松の緑と赤とんぼ
藍畑の畝を隠して藍の花
紅の色離れては濃き藍の花
行き来する蝶の静けき藍の花
白を見てまた赤を見る藍の花
白よりもやはり赤好き藍の花
藍農家屋敷と云はづ藍の花

赤のまま蓼科と知りぬ藍の花

太りたるものから紫式部の実
農大の茄子太り過ぎゐる休暇
赤い羽根つけて背筋を伸ばしけり
湯布院に久闊同士月見酒
旧友と注しつ注されつ月見酒
ビールよりやはり日本酒月を見る
来年もこの月見んと酒を酌む

赤い羽根回覧板に載ってくる

開拓地知らぬ人来て栗拾ふ
人毎にお茶と茹栗出す山家
デパートの地下に求めて栗御強
十七時待ちて買ひたる栗御強
雛壇の御歴歴なり赤い羽根
餡蜜新酒供へ夢道の忌なりけり
久闊と積もる話の夜長かな

本丸は何もなき原秋の風

無縁仏数多札所の破れ芭蕉
先陣ははや雲となり燕去ぬ
誰か云ふロマンスグレイ葦の花
金銀となりて靡けり葦の花

掌に乗る山雀の温かさ

餌付けの手めがけ山雀来る速さ

鴫一羽残して暮るる吉野川

松茸の土瓶蒸出て宴弾む

松茸を焼く七輪の届く朝

年毎に鹿垣里へ下りてくる

牡蠣宿の朝は静かに明けにけり

的矢湾朝の光に牡蠣のひび

牡蠣づくし平らぐ古希の祝かな

天高し安乗崎灯台波の上

海桐実に安乗崎灯台断崖に

守武の暮らしたる町通草売る

碑は俳祖守武吾亦紅

風に乗り風より速くノスリ来る

鷹渡る青き海峡青き空

渡りゆくノスリハイタカ一羽づつ

風に乗ることの即ち鷹渡る

尖りたる翼そのままノスリ去る

仰ぎ見て羽紋くっきり鷹渡る

風に乗り風を乗り換へ鷹渡る

二〇〇七年九月
一番田より逸り咲き早稲の花
平らかに穂先揃へて稲の花
暴風雨反れたる朝の稲の花
熱帯夜ばかりのつづき稲の花

稲の花最高気温更新す

餓鬼大将をりしは昔地蔵盆

一張羅かつては張って地蔵盆

繰り延べて馬追の鳴く祝の膳

略装で向かふ秋暑の祝の席

倒伏の田の一つなき厄日かな

わが町を溢れる数の燕去ぬ

そそり立つ断崖とあり雲の峰

伊佐木釣り釣るといふより釣れてをり
ままかりの舟出る瀬戸の水澄めり
園眺めまづは一服して氷菓
香水の残り香忘れ扇かな
見えてゐて遠き烏城や秋暑し
そのかみの御舟入跡竹の春
松手入五人五様でありにけり
秋暑し烏城の色の褪せるほど
夢二館いでし一歩の秋日傘
お葉なる人は忘れて秋袷
円墳の裏側は崖葛の花
秋咲いて原色多し外来種
外来の花ばかりなり秋花壇
紫は控へ目な色茄子の花
秋茄子の花八方に咲きにけり
むらさきに咲きて無駄なき茄子の花
秋日濃し農大の茄子よく太り
天辺へ天辺へ秋茄子の花
水落ちて甲骨文字に田割るる
秋耕の前に後ろに鷺歩む
風と棲む祖谷の暮らしや蕎麦の花
祖谷の畑いづこも傾ぎ蕎麦の花
京言葉残る奥祖谷蕎麦の花
多摩奥に広がる河原蕎麦の花
すいっちょと確かに聞きて夜半目覚め
すいっちょとつくつくぼふし鳴く時刻
すいっちょの声継ぎ足して鳴きにけり
正調に鳴けづ名残の法師蝉
つくつくもほうしと鳴くも法師蝉
これよりは遍路ころがし栗の毬
山門に入るを待ちゐて道をしへ

曼珠沙華脚高に咲きゐたりけり

むらさきの濃くて紫式部の実

木洩れ日にこぼるるルビー金糸草

朝顔の垣根オーシャンブルーにて

昼も夜も朝顔もどき咲き続く

太刀魚の貌の半分以上口

太刀魚の大食漢の面構へ

軍手して大太刀魚を生け捕れる

銀色の太刀魚の焼け黄金色

梨てふは水の果実と云ふべかり

もぎ立ての梨を抱へて友来る

山頂の友へ朝もぎ梨送る

残しある大梨を食べ梨最後

二〇〇七年八月
燃え尽きることの幸せ蝉時雨
みんみんと熊蝉ともに時雨けり
捕虫網空蝉二匹採り帰る
空蝉を胸に飾りて童かな

郷土館裏の山すそ夏の萩

旧庁舎移築してゐるあきつ飛ぶ

噴水の天辺殊に踊りをり

浴衣着て心の軽くなりにけり

美術館浴衣の人はフリーパス

美術館浴衣着て訪ふ浴衣の日

モネの池浴衣で巡る夕べかな

浴衣着て年に一度のコンサート

浴衣着て青春の日の顔となる
日本人なるを確かむ藍浴衣
胃の検査無事に終はりて茗荷汁
胃カメラの結果良好茗荷汁
カメラ呑み戻りたる胃に茗荷汁
包丁の音はづむ朝茗荷の香
合唱のなかの独唱蝉時雨
琉球の塩添へ出さる大西瓜
西表島よりパイン届く朝
琉球の完熟マンゴー頂きぬ
澄み渡る空に高さや今朝の秋
田を渡る風斜交ひに今朝の秋
野に山に静けさ戻り今朝の秋
刳り貫きて味見させたる西瓜売
西瓜売る地べたに長き日も暮れぬ
日輪の落ち行く大地西瓜売
逃げ場なき湿原にゐて稲の殿
古里に居座ってゐる稲の殿
訪ね行く里に居座る稲の殿
渋滞の殿にゐて萩の花
白雲の浮かぶ青空百日紅
個性とは自分流なり阿波踊
万人に万人の阿波踊かな

網打ちの手つき足つき阿波踊

山寺のかはたれどきの法師蝉
水の辺の長き夕暮れ法師蝉
眼下にて四国三郎花煙草
一山に夕日かかりし花煙草
この道はいつか来た道花煙草
列島に最高気温なほ残暑
戸外での運動禁止され残暑

盛りとは終はりの始め法師蝉

牽牛も織女も見えず天の川
奥祖谷の闇は漆黒天の川
星の夜の月夜といへり飛機の旅
シベリアの遥かなる川星月夜
シベリアを駆け抜く大河星月夜
輝きて川流れたり星月夜
県境のトンネル長し星月夜

容赦なき日差なれども風は秋

蝉時雨虫の時雨と変はりけり
落し水堰に絞りて広がる田
散らばりて固まりて落つ鮎なるか
銅鐸の出土の丘のつくつくし

善入寺島なる中洲豊の秋

竿立てて落鮎待てる舟の牙

田仕舞ひの煙高くまで立てり

田仕舞ひの煙たなびく日和かな

銅鐸の出土の石碑蝉しぐれ

穴残し出でたる蝉の時雨かな

二〇〇七年七月
楊梅や取り放題と言はれても
楊梅の紅の口ぢゆう顔ぢゆうに
許許許許許特許許可局時鳥
ほととぎすよく鳴く日なり僧不在

行く蟻も来る蟻もあり蟻の道

また元の道につながり蟻の道

ほととぎす厭くほど聞ける一と日かな

赤ん坊水に散らしてあめんぼう

胡蝶蘭那覇の空港ロビーかな

琉球の花は原色雲の峰

緑陰といふ別天地ここは那覇

涼風や高き山なき海の邦

琉球の夏はいきなりど真ん中
午睡なる至福ありけり今は旅
琉球の美術館かなバナナ垂れ
紅型の工房仕切る羅の女
琉球のマンゴーの値に畏れ入る
鬼やんま来てちりぢりに糸とんぼ
あめんぼう跳び越えてゆくあめんぼう
散らばらず固まらず咲き羊草
藻の花のさ揺るる流れありにけり
静寂の一時に居る花藻かな
小さくとも蛇は蛇なり嫌ひなり
人気なき山荘に来て萩の花
入り過ぎし山道にゐて虫の声
蛙見てくちなはを見て蛙見る
睡蓮の池静寂に包まるる
沙羅の花蕾を残し咲き継げる
梅雨茸の揃ひ出でたる野の舞台
中入り後団扇の動く大相撲
真白なる家見え夏のエーゲ海
遠き日の記憶の海の雲の峰
クルーズの始まる港雲の峰
珊瑚礁ひしめく海と雲の峰
琉球は山のなき邦雲の峰
琉球の海は群青雲の峰
青柿の巨木の幹の瘤大き
青柿や四百歳になるてふ木
過疎といふ町の子燕親燕
卯建上ぐ商家の軒の燕の子
また落ちてまた落ち庭の柿青し
蟻の塔崩れて蟻の涌き出たる
遺したる庄屋の屋敷青酢橘

増水の川の中洲の通し鴨

風蘭の白の極まり空の青

俳額を語る和尚や堂涼し

ピアノから一挙にフォルテ蝉時雨

青桐のすくと立ちたる空青し

堂涼し山の和尚の話好き

青空にけふ一日の花槿

あさがほの古名もありて花槿

日韓は一衣帯水花槿

式台に白百合凛と活けてあり

甚平に着替へ国際線の客

身構へる方は人間毛虫取る

野の市の何れ劣らぬ大西瓜

二〇〇七年六月
美術館さつきあかりの奥にあり
舟宿のありしは昔合歓眠る
馬車馬のかつて水場の花楝
沖縄の旬の海雲の届きたる

もてなしは穫れたばかりの麦の飯

紫陽花のはじめの鞠の淡さかな

白焼きの鰻一箱届く夕

饂飩汁鮴でとりたる日の遠く

遠き日の加賀の金沢鮴料理

あめんぼう子あめんぼうと群るる池

目高の子あめんぼうの子小さき池

撫子や美濃田の淵の岩の陰

大楠の樹下ひろびろと夏燕
一本で若葉の杜をつくる樟
千年を古りたる樟の若葉かな
年毎の千年樟の若葉かな
ほととぎす鳴かず老鶯鳴くばかり
緑陰にロダンの像となりゐたり
せせらぎの閑けさにゐる川蜻蛉
筧よりこぼる水や雪の下
河鹿ゐず川蜻蛉のゐるばかり
目高の子生まれてをりぬ庫裏の池
蓑虫の糸のつつーと伸びにけり
青嵐千年樟の梢より
かぶと虫くはがた虫も火取虫
腕白も父となりけりかぶと虫
緑陰にゐてジョギングを見てゐたり
帽子の子即かず離れず追ふ日傘
隈取れる役者顔して牛蛙
古池の主面して牛蛙
山に山重ねたる阿波夏燕
モラエスの像は西向き夏燕
紀の国の見ゆる山頂夏燕
ほととぎす一声聞こえそれっきり
しかと聞く夏鶯の谷渡り

老鶯に始まり終はる一ト日かな

家康のごとく生まれずほととぎす
青春のままが最高雲の峰
古代米棚田に植ゑて遺跡かな
遺跡訪ふ奥に植田の古代米
古代米五種の立札ある植田
青田風竪穴住居越えて来る
風止めば香の襲ひ来る栗の花

葦葺きの葦の香吹いて青田風

にらめっこして目を逸らさざる河鹿
鳰乗りて浮巣の揺れの止まりけり
更けるほど香の下りてくる花蜜柑
一雨に色載り初めし額の花
一目見て雨待ち顔の額の花
雨粒を瑠璃にしてゐる額の花
日本中雨の日もよし額の花

河童なるものは知らねど額の花

色徐々に雨に重ねて額の花
雨の日の王女と言はむ額の花
雨の日の畦道遠し半夏生
暮れてなほ片白草の白仄か

まづ背越頼み浪花の客を待つ

口開けの鮎の背越の客であり

鮎鷹や海の寄せ来る吉野川

全長を水にあづけて蛇泳ぐ

淡路より阿波を眼下にほととぎす

二〇〇七年五月
苗床を作るや畦を塗り替へて
畦塗も早乙女も見ずなりにけり
海鼠板子の押さへゐる畦を塗る
今年又今年限りと畦を塗る

農継ぐと言ふ子言はぬ子苗運ぶ

蓮植うるその両隣稲植うる

田を植ゑて街の田舎となりにけり

瀬戸内の藍深まりて鯛の網

鯛網の鳴門北灘海光る

徳島も東京も雨けふ立夏

雨雲を抜けて立夏の空に飛機

鉄線花洋館古き屋敷町

大使館抱へる町の鉄線花
光るもの多き空港夏に入る
水底の影揺れてゐるあめんぼう
蜘蛛の子を水に散らしてあめんぼう
突進し駆け出すもありあめんぼう
水のなき川の一筋麦の秋
熟田津の水ゆるやかや夏燕
ここだけの閑けさにゐる糸蜻蛉
道一つ隔てたる池糸蜻蛉
一つづつ咲き睡蓮の池となる
睡蓮の揺れて真鯉の現るる
四国路の始まる岬立浪草
起点の碑鳴門孫崎立浪草
目の下に鳴門海峡立浪草
憲法の原本を見て若葉風
憲法の原本展示街薄暑
憲法の原本しかと見る五月
憲法の蔵書会場風薫る
五月来る憲法施行六十年
新緑の際立つ駅の赤煉瓦
新緑や首都の玄関一新す
一株の凛と咲き初む花菖蒲
長靴の庭師童顔菖蒲園
巡り来て元の紫花菖蒲
海亀の跡追ひし日の遠退きて
年毎に海亀の海失せゆきぬ
江戸前の前に失敬初鰹
叩きより刺身にしたき初鰹
遠き日のケンケン釣りの初鰹
松蝉の幽かなれどもしっかりと
松蝉や眉山山頂茂助原
二〇〇七年四月
縺るると見えて縺れぬ糸桜
麗かや邪馬台国は阿波と言ふ
卑弥呼なる人思ひ居て夕桜
一抱えほども菜の花いただきて

休耕の畑に菜の花輝きて

菜の花をどうぞと畑に掲げあり

菜の花や今は動かぬ水車小屋

玄関も客間も居間も花菜活け

阿波の地に卑弥呼伝説月朧

風止めどしばらくの間を花吹雪

洋画より日本画が好き糸桜

来し方をともに語りて花を見る

雪洞を灯し家居の花見かな
山隠し空まで隠し黄沙かな
選挙カー声ばかりなり春の塵
朧月ならぬ朧の日と云へり
春塵に御高祖頭巾の令夫人
廃車古車新車も被り春の塵
蓮の田の水引くを待ち残る鴨
一夜明け黄砂の去りし空真青
東京は四月の雪となりにけり
チューリップ赤もいろいろありにけり
チューリップ何といっても赤が好き
チューリップはじめの赤を通しけり
花御堂好きな椿で作りあり
花御堂虚子は椿が好きだった
無造作に椿を添へて花御堂
麗人の線香点す虚子忌かな

麗人の線香くるる虚子忌かな

麗らけし実朝政子虚子の墓
虚子立子実朝政子墓地うらら
鎌倉の玄関駅の花御堂
先づ甘茶飲みて思ひ出話かな
ピクニック姿の人も虚子の忌に
鎌倉で阿波の句友と会ふ虚子忌
鎌倉の裏道もまた花の道

みちのくの蕗味噌下げて虚子の忌に

廣太郎迎へてくれし虚子忌かな
一叢であれど際立つ芝桜
鮎遡上待ちゐて似鯉蠢けり
上げ潮に乗りて大堰越ゆ稚鮎
向き揃ふ一瞬の間の鮎遡上
勝兵の如くにありて遡上鮎
潮差して遡上の稚鮎湧く魚梯

全身をくねらせ稚鮎遡上せり

先陣は少し大振り鮎遡上
八重桜咲きて又ゆく花見かな
はるか見て寄りては見上げ八重桜
花の間にこぼるる空の青さかな
紅と白緑もありて八重桜
総理より観桜会に招かるる
総理又人気稼業や花の宴

旧友と旧友出会ひ花の宴

旧友と写真撮り合ふ花見かな
花見果つ屋台の幟垂るるまま
のどけしや浄瑠璃衆と饂飩屋に
芝居はね戻る浮世の花の冷え

路地麗ら太夫と讃岐饂飩かな

麗らかや太夫と路地の饂飩屋に

芝居果て花冷えの道坂の町

お芝居のお弁当にも桜餅

ぼうたんやさてこそ坂田藤十郎

残り鴨中学校のプールにも

のどけしや都心にこんな緑世界

立ち入りの出来て新宿芝うらら

雨晴れて若葉明りの径となる

観潮や鳴門秘帖を読みしころ

観潮の船淡路から鳴門から

観潮船ナウマン象の眠る海

太陽と月と地球と春の潮

フロントに潮見表あり春の潮

若楓さゆるる風のありにけり

御手水に水あふれゐて若楓

芳名録いろは順なり金鳳花

閉ぢられてゐしか宿坊たんぽぽ黄

オーロラも天衣といふも牡丹かな

ぼうたんの白妙金の蕊を抱く

ぼうたんやバルカン政治家眠る寺

議会の子ここに眠れり花牡丹

塩漬けにねんごろに葉を桜餅

桜餅作り一座に振舞わる

何はとも粒餡が好き桜餅

桜餅この塩味のありてこそ

手作りはおにぎりに似て桜餅

辛党も一ついただく桜餅

揺れ止まる時一瞬に藤の花

二〇〇七年三月
鎌倉は寺多き町迎春花
参道は長き石段迎春花
花山葵猪のぬた場の小流れに
小流れに三角洲あり花山葵

手のきれる清水湧き出て花山葵

カルストを縫ひて真清水花山葵

朝市の土つきしまま売る分葱

阿波南カルスト台地臥竜梅

せせらぎに芹も山葵も山蕗も

金魚売泥鰌も鮒もざりがにも

黒潮も高嶺錦も木瓜の花

この緋色長寿楽てふ木瓜の花

山茱萸の黄に誘はるる露店市
日曜の市のいかなごまだ小振り
菜の花をどさと置きたる野の花屋
大振りの鰆横たへ露店市
山茱萸のぽぽぽぽぽぽと咲きゐたり
土佐水木明り御苑の奥処かな
江戸城の本丸はここ辛夷咲く
芹茂るせせらぎの水きらめけり
小流れに芹の中洲の生まれをり
土佐水木面を上げよ胸を張れ
芹の根を洗ひて流る水すみて
嫁姑即かず離れず畑を打つ
武家屋敷床に一枝桃の花
武家屋敷庭に竹垣黄水仙
いかなごに鴎も猛き禽となる
いかなごの群れて紀淡の海狭し
紀の鼻へいかなご舟の数知れず
真っ平いかなご舟の浮かぶ海
いかなごの湧きて鴎も湧きにけり
大連も花アカシヤの坂の街
アカシヤの花の真下の乳母車
ユーカリの花の道来てコアラ館
海峡に春の光の戻る朝
石組みは阿波の青石椿咲く
天平の荒びし庭の花椿
青石の礎石残りて草青む
自転車で走破の遍路歯の白し
鶯や山の札所の庫裏静か
賑はへる札所の隅の雪柳
春昼や犬も転寝山札所
同じ場所同じ高さに揚雲雀
揚雲雀四国三郎野を縫ひて
起上り小法師なるか揚雲雀
芽柳やモスクワの川堤なく
芽柳や城は石垣あるばかり
芽柳のラインの岸辺乳母車
大の字となって雲雀を仰ぎゐる
天空の道は真っ直ぐ鳥帰る
ワイシャツの襟に袖にも春埃
鉄橋を一両列車鳥帰る
探梅や石垣の路地九十九折

輝きて四国三郎鳥帰る

鳥帰り元の家鴨の堀となる

春塵に日干し煉瓦の北京ふと

テーブルにウエットティッシュ春愁ひ

二〇〇七年二月
節分の太巻き寿司を食べてみる
節分の夜柊の針尖る
白梅の咲き始めしは薄緑
紅梅の隣白梅まだ蕾

目の下に野外劇場笹鳴ける

立春の丘にあふれる光かな

落葉を待たず満作咲きにけり

満作は枯葉離さず咲きにけり

紅梅の傍の白梅紅ほのか

白梅の空の一日真青なり

人去りて白梅の香の広がりぬ

白梅の背と背合わせて咲きゐたり

松手入まづ命綱確かめて
江戸っ子もヘルメットして松手入
松手入鋏の音を鳴らしくる
この黄色ゴッホの黄色福寿草
満作の花はお洒落でありにけり
会釈して知らぬ同士の梅見かな
梅見して梅鉢の紋見し覚え
遠目にも紅白混じり梅の里
青空に寒緋桜の緋色かな
天辺へ行くほど咲いて寒椿
この駅も満作活けて山手線
日溜りの丘にも風や野水仙
鼈の老舗のおじや黄金色
草草の名は知らねども下萌える
地球とは温かき星下萌える
大地より涌き出る命弥生なり
降りながら啄ばんでゐる寒雀
真っ先に来て梅の香の中に居る
先客を眼白が迎え梅の里
四方より天空よりの初音かな
石垣は阿波の青石迎春花
枝先に黄の溢れゐて迎春花
笹鳴を聞きたる耳に初音かな

この瑠璃を犬陰嚢とは何とまあ

老木の間に若木の梅の里
真っ直ぐの一枝なくして臥龍梅
実をつけぬ紅梅庭に梅の里
山家みな日当りにあり梅の里
白魚のこぼす水滴琥珀色
白魚の網上げて又網上げて
見物へ捕った白魚全部呉れ

をばさんが捕った白魚全部呉れ

捕ってきしばかりの白魚澄まし汁
初物の白魚汁でもてなさる
白魚の句会白魚見て食べて
動くもの何一つなき春の海
雲南は千里の彼方唐椿
紅梅に白梅目立つ梅の園
旧正にありし東京フルマラソン

旧正に江戸を駆けたる三万人

花嫁の桃の家より出できたる
挙式終ゆ新郎新婦桃の花
庭に来る梅の目白は番かも
早春の結婚式に招かるる

野を焼きて追はれて居りぬ跡始末

消防車傍に侍らせゐて野焼き

細き月尖りたる夜冴返る

紅白の梅の枝垂るる屋敷墓

大樟の傍に苗札並ぶ畑

鎮れる大樟の杜冴返る

手入れせぬ竹薮なれど鶯は

育てたる主は見えねど梅の花

野焼きかな煙たなびく里静か

梅の香の丘より眺む阿波広し

二〇〇七年一月
床屋にも蕎麦屋にもありポインセチア
赤が好きポインセチアの赤が好き
繁華街ポインセチアのそこここに
道路まであふれてポインセチア売る

駅伝について走る子息白し

おはようと声かけ行く子息白し

信任状捧呈の馬車息白し

クリスマススウェーデンより胡椒菓子

北欧の雪の町より胡椒菓子

北欧の古都の町の灯クリスマス

クリスマス燭の零れて石畳

初雪や屋根の大工はカナダ人

大年も働く大工カナダ人
シャンパンを抜きて年酒といたしけり
今年来ぬ人思はるる年賀状
旅の朝出してくれたる薺粥
薺粥炊き上げてうぶ緑かな
薺打つ母の歌声空耳に
遠き日の母の手白し薺粥
七種の揃はなけれど粥炊けり
遠き日は歳の数ほど雑煮餅
幸せは平凡にあり雑煮餅
年毎に速き一年雑煮餅
饂飩屋の二階拝借初句会
日向から席埋まりゆく初句会
低気圧居座って居る寒の入り
日本中波浪警報寒の入り
一夜明け真青なる空寒明くる
赤子にもお腹の子にもお年玉
インクの香残る新札お年玉
福袋曝けて見せて初売りす
探梅と言ふは梅の香探すこと
あり余る日差集めて室の花
日溜りの葉牡丹渦を殖やしつつ
初旅や雲中の富士あの辺り
初旅の雨に会いたる一日目
初旅の東京一と日晴れぬまま
湯の町の老舗の宿の大氷柱
大屋根に氷柱列なす老舗かな
露天湯に氷柱のしずく落ちにけり
饅頭の湯気立ってゐる氷柱かな
振り返り見ても淋しき冬桜
二分咲きに見えて満開冬桜
冷えのなか寒緋桜のほころびぬ
琉球は北より寒緋桜咲く
オオバンを従えてゐる鳰
鳰潜りオオバンも鵜も続きたる
軽鴨に小鴨は水面譲りけり
鳰の沼威張る川鵜の鵜の目かな
川風の荒ぶ葦原チュウヒ待つ
ジョウビタキそ知らぬ顔で飛びゆけり
寒風に杭の川鵜の身を曝し
探梅や石垣の路地九十九折

探梅やせせらぎに沿う樵の径

探梅や谷に突き出る梅の枝

探梅や崖の上なる遠き山

二年目の花小さきかな室の蘭

花市に並ぶ片仮名室の花

球を追う子らの歓声日脚伸ぶ

郵便夫行きし畔道いぬふぐり