随筆55 「番茶づくりは炎天下の労作業」

 徳島県では北に吉野川、南に那賀川の二つの大河が東西に流れ、紀伊水道に注いでいる。この那賀川の中流に位置する相生町(現在は町村合併して那賀町となった)は「相生の番茶」で有名である。県下でも数少ない番茶の生産地として相生町の名はよく知られている。昔はどこの家庭でもお茶といえば番茶であった。今は番茶を知る人も少なくなってしまったが、番茶の効用は再認識されている。乳児にもよいという話を私は新聞で読んだことがある。
 私が毎年のように相生町を訪問したのは二十年から三十年ほど前のことになるが、梅雨が明け灼熱の太陽が照りつけるころに相生町を歩くと、どこの農家も番茶づくりに汗を流していた。
 番茶づくりは、まさに炎天下の労作業である。まず茶の葉を摘む。灼熱の太陽が照りつける茶畑で黙々と働く人々の姿には頭が下がる。その茶の葉を大きな釜で茹でる。真夏に火を焚くのだからその暑さはたまらない。茹で上がった茶の葉を大きな甕に入れて発酵させる。発酵した茶の葉は熱い。湿度も高い。汗びっしょりになって熱い茶の葉を掻き回す。
 私が訪れたころはどこの農家にも土間があり、番茶づくりの作業所があった。今はどうだろうか。今も時おり、相生町を訪問した方から「相生の番茶」をいただくことがある。大きな円筒形の番茶袋は昔のままだが、この番茶を作った人々の御苦労を思えば一滴も粗末にはできない。人々の姿を思い浮かべながら、私は大切にして少しずついただいている。
 相生町でもう一つ印象に残るのは、山菱電機株式会社の「相生森林公園工場」である。社長の蓮池哲夫さんは、私の友人であり、もう二十五年も前の衆議院選挙初当選のころから親しいお付き合いをさせていただいている。
 徳島県名西郡石井町の石井工場に招かれ、社員の皆さんに「人生あたってくだけろ」のタイトルで講演させていただいたこともあった。「一度、相生の工場に来てみて下さい」と案内されて伺ったのだが、びっくりした。天井の高い大きな工場が全て木作りなのである。「自然にやさしい工場にしました。ここは木材の産地ですから、土地にふさわしい工場になったと思いますよ」蓮池さんの説明通りの工場だった。「相生森林公園工場」の看板そのままの工場であった。従業員の人達に感想を聞くと「自然に囲まれた保養所のような工場でしょう」とお気に入りの表現で説明してくれた。
 工場といえば大方は街の中か、少し離れていても海岸地帯。そんな常識を打ち破って山の中、緑の大自然の中に木材で工場を作る。今の時代に何とすばらしいアイデアだろうか。学校も役場も病院も、もう一度木材で作ってみたらどうだろうか。木材にはコンクリートにはないやさしさがある。耐久力だってあるはずだ。石で作られたギリシャやトルコの遺跡に比べて京都や奈良の木で作られた建造物の何としたたかで美しいことだろうか。木の文化をもう一度再認識してみてはどうだろうか。環境にやさしい町づくりは今や時代の趨勢である。 木で作ることが時代の先取りになることは間違いない。